aaokinawa

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197懐中時計 あとの事は頼んだぞ・・・ 形見を残して戦死

平野大隊長は「本部が中隊よりさきにつぶれては話にならん。いかに敵の砲弾がはげしくとも、かならず目を出せ。カタツムリになったら敵の思うつぼ、馬のり攻撃をうけ全滅だぞ」 大隊長にいわれるまでもなく、この教訓は我如古の戦闘以来、全員が骨身にしみて...
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196本望 鉄輪のさびになろう 友の死守したこの陣地で

十数台の敵戦車群が二百人あまりの歩兵をしたがえ、第二大隊の陣地に迫ってきた。「きようで最後だ・・・」 つぶやいたのは迫撃砲小隊長米内軍曹。彼は第二機関銃中隊から迫撃中隊に転属してきた函館連隊区出身者だった。 田中曹長も、これで第二大隊も全滅...
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195死と対決 休まぬ米軍の攻撃 じっとタコツボにひそむ

田中曹長は、対空遮蔽作業で部隊をかくしたことを大隊長に報告。大隊長は、この処置をよろこび、さらに偽装を完全にすること、天蓋部をできるだけ厚くすることを命じた。 午前七時ころから敵の砲撃がはじまった。田中曹長と有線電話手、当番兵の三人は、大隊...
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194独断 指示のない不安感 対空遮へい工事実施

山三四七四部隊第二(平野)大隊は、石兵団退却えん護の任務を終えるとすぐ連隊の指揮下にもどった。 第二大隊は、幸地部落西南の一四○高地から左へ展開して陣地配備についたが、五月四日、つぎの任務を与えられた。〈わが第一線攻撃部隊が、敵の第一線陣地...
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193沖縄の土 最後の突撃を敢行 わずか30人の木口隊

山三四七四部隊第十一中隊(長・木口恒好大尉)の総攻撃(五月四日)には、長浜慶治上等兵(赤平市○〇)は、負傷のため参加していない。連隊資料その他聞き書きによると―。 四日午前五時、木口中隊長は中隊の全員を集めた。配属機関銃隊をいれ、はじめ約二...
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192通信隊 戦況、しだいに悪化 切り込みで大半失う

山三四八二部隊(九七五部隊・第二十四師団通信隊)についてわかっていることは、隊長が保科清一郎大尉、無線隊長宮川中尉、有線第一小隊長根本少尉、第二小隊長石黒准尉。生還者としては伊藤徳五郎さん(札幌市月寒○〇)と藤川政義さん(旭川市○〇)から連...
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191函館なまり 友の消息尋ね合う 同郷の二人、戦いさなか

野戦病院を追いはらわれる。〈今夜また、弾薬輸送をしなければならないのだ。きみたちを乗せていたのでは、それができない。任務のためだ、ゆるしてくれ・・・〉 細田軍曹らは、松林にトラックをとめる。二十二くらいの負傷者をそこにおろす。〈うらむなよ。...
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190探知機 エンジンの音とらえ すぐ雨のような砲撃

山三四八三部隊の本部は、首里―南風原の中間の谷間にあった。各中隊は本部のゴウから指令をうけとり、前線への輸送任務についていた。 五月中旬、雨期にはいり、道路は砲弾と雨で泥田にかわった。そのなかで、前線へのトラック輸送は困難をきわめた。輜重隊...
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189輸卒 軍馬もなく徒歩で 兵器、夜を待っては運ぶ

細田久雄曹長(函館市○〇函館消防本部、警防課長)の手記から山三四八三部隊(輜重兵第二十四連隊)の行動をつづる― 細田曹長(当時軍曹)は、第二大隊(自動車大隊)第五中隊(長・小松保男中尉・山形酒田出身、二十年六月二十一日真栄平で戦死)に所属し...
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188終戦を確認 武装解き収容所へ 終戦のことば録音で

宣撫班員から聞いた敗戦の話に、橘少尉はその夜ねむられなかった。〈あすのあさ、ジープで米軍の大尉、中尉、梶川二世がくる・・・〉 ねぐるしい夜があけた。七人は協議し、橘少尉を一同の責任者としてえらび、米軍との交渉にのぞんだ。 午前八時、米軍将校...