四月三十一日午後三時半ころ。陣地配備についた栗山兵長らの十二人の頭上に、ギラギラと太陽が輝いていた。迫撃砲弾がしきりに落下する。空中からの偵察で丘の上のこの陣地は目標にされているようだ。
栗山兵長が阿部正雄伍長(紋別市渚滑町出身)の双眼鏡を借りて見ると、小波津部落の民家のくずれ落ちた石垣が見える。山三四七五部隊が戦闘中だが、米軍は、小波津の北側の線まで迫っているのが見える。
米軍陣地では、ジープで火砲らしいものを引っぱっていた。たくさんの砲口が、こちらに向けられているが、初めて見る栗山兵長には、それがなんという火砲なのかわからない。
〈ハーモニカを積み重ねたようなかっこうをしている。大きいもんだなあ―なんという大砲だろう?〉
しきりに観察していた。とたんに異様な火砲の砲口が火を吹いた。栗山兵長は、ごうにころげ込んだ。
ズシン・ズシン・ズシン・・・いっせいにもの凄い爆発が、いままで兵長のいた地点一面にひびく。阿部分隊長に報告するまでもなかった。全員が、タコツボ―といっても腰ぐらいまでしかない丸い穴―に頭からもぐり込んだ。
〈石田兵長のいっていた迫撃砲というやつはこれか・・・〉(しかしこれは迫撃砲ではなく、連装のロケット砲であることを栗山兵長が知ったのは、もうすこし戦場慣れしてからであった。
甘利中隊長に情況を報告した中隊長は、三人の監視兵を残しほかの兵は、洞穴にはいるよう命ぜられた。栗山兵長は、中隊長命令を分隊長に告げた。敵砲弾が、ひっきりなしに落下する。三百メートルくらい上空で観測している〝赤トンボ〟がにくらしい。グラマン、コルセアーが、わがもの顔に飛び回る。
地上の陣地には、阿部分隊長大山正幸上等兵(浦幌町出身)米倉一等兵(女満別町出身)が残った。栗山兵長は、小隊のごうの入り口に立ち、引きあげてくる分隊員を数えていた。
渡辺上等兵が未着だ。十分、十五分・・・待ったがこない。
〈戦死か・・・〉
不吉な予感が脳裏をかすめる。じっとしていられなかった。兵長は、ふたたび、砲弾の雨のなかに飛び出し、えん兵ごう(みぞのように掘ったごう)づたいに渡辺上等兵をさがした。
〈いない・・・もしかしたら?〉
ついに、さっきまでいた場所にきた。
「渡辺・・・」
大声で呼んだ。上等兵が、岩のかげから顔を出した。
「どうした、ナベ?」
渡辺上等兵は、ドングリ目玉で小波津の右側を指差し
「見ろ、栗山」
という。兵長が眼鏡で見るとM4戦車三台、米兵約五十人が迫ってくる。二人は、無言で顔を合わせた。
「とにかく、ごうにはいろう。命令が出るまでは大事なからだだ。こんなところで、やられてたまるか、ナベ、さきに行くぞ」
兵長が十メートルほど駈け出した時りゅう散弾と迫撃砲弾が集中した。頭を大地にたたきつけるようにして伏せた。渡辺上等兵の姿が見えない。はって引き返してみると、渡辺上等兵は、迫撃砲弾で胸部をやられて死んでいた。
グーッと胸に、あついものがこみあげる。
〈入隊当時から大の仲よしだったのに・・・〉
抱きあげてみたが、胸部はひどい傷で、即死だった。
〈生れるときは別々でも、死ぬときは一緒だ。といっていたのに・・・〉
コメント