まっくらやみ―地のそこの新城野病の洞穴内に、雨だれの音が高くピンピンひびく。大地に吸い込まれた雨水が、雨もりとなって落ちてくる。
リズムをきざんでいるようだ。手びょうしをとってるみたいだ。
雨だれの音のコンダクター。くらやみの中から悲しい、悲しいすすり泣きがもれてくる。絶叫がするどくこだまする。怒号の爆発。うらみのこもったつぶやき…悲鳴が、時間空間を一気に切りさく。
苦痛を呼吸するうめきは、生命の奥底から打ち出されるドラムだ。それは重く、にぶく、遠く大地を伝わってくる砲弾の震動音ににている。
雨もりのつづく洞穴内は、スチームを出しっぱなしの蒸しぶろさながら、暑い、くさい、からだのすみずみまで、ヌラヌラする。夜昼なしに四十度―いや五十度ほどにも感じられる温度と、まるで湯気のなかにでもいるような湿度。空気が、水に変わる一歩手前のようだ。
あえぎつづける藤沢克己軍曹(苫小牧市〇〇)は、油を全身くまなくぬりこめられたような違和感に、自分がナメクジになってしまったような気がした。度をこした暑さ、湿気、疲労、寝不足に、すでに皮膚、粘膜、筋肉は健全な機能を失っている。そのうえ大変なことに、中枢神経が、うるけきったウドンのようにとけかかっている―
思考力は、岩はだをグッショリぬらしている水気のように、頭ガイ骨の内側に汗となってはりついてもう、なんの用もなさない幻覚にとらわれる。
遠くから小さな火がひとつ、フラフラ漂ってくる。血のように赤く、メラメラ燃えるはだか火。黒髪と見まちがう油煙を、上へ高く立ちのぼらせ、あちら、こちらと何か不幸をさぐり歩いている。
あれは、青竹の太い一節を切りとって灯油をいれ、木綿布をシンにした洞穴用のタイマツだ。
燃えあがるタイマツは、地の底の洞穴の中、ひん死の負傷兵がひしめく地獄の諸相―そのひとコマ、ひとコマを、リアルに演出する不吉なディレクターだった。「おかあさん・・・おかあさん・・・」
幼児があまえているような泣き声。死期を目前に、たのしかった幼児のころにもどって、しきりに母を呼びつづける兵隊。顔じゅうのヒゲが、汗にぬれて光っている。
「衛生兵殿、たのみますッ! 私をなおしてくださいッ! どうか、私を助けてッ! お願いです、たのみますッ!」
精根こめての懇願。涙のあとに冷たく反射するタイマツの光り。
「おいッ、こらッ、衛生兵ッ! 患者を十日も二十日もほったらかしにしやがって、貴様ら、それでも帝国軍人かッ! 早く包帯を交換しろッ!」
泣きつづけるもの、しわがれ声でわめくもの、うつろな目で、毛布をはうウジのむれをながめるもの、脳病を併発、発狂して洞穴内を走りまわるもの、化膿した傷口にウジが食い込み、痛さに絶叫しつづける者―
〈ああ・・・これが地獄というんだなあ・・・〉
息をとめ、軍曹はおのれ自身にいいきかせた。
突然、爆発音。この地獄を粉砕するようなひびき―苦痛にたえかねた負傷兵が、かくしもった手りゅう弾で自決したのだ。まわりの者もまきぞえにして…
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