226裸で逃げる 頭上で砲弾さく裂 服を干している最中に

 佐藤上等兵は渡会小隊長に、ふたりの分隊員を見失ったことを報告した。小隊長の怒声―

「佐藤ッ!貴様、分隊の兵を掌握できなくて、分隊長がつとまるかッ!行ってさがしてこいッ!」

 上等兵は、すっかり明るくなった道をもどった。部下ふたりの不注意に腹がたち、また、その無事を念じながら―。

 細い坂道にさしかかる。中途までおりかけたとき、下から大勢の兵隊がのぼってきた。高安も中原もいた。怒鳴りつけたがうれしい。ふたりは、川のところで分隊長の姿を見失ったという。三人は、工兵隊陣地につき無事を報告した。脱出を終えた大隊の人員は四、五十人だった。

 三人は適当な穴を見つけてはいった。通りかかった工兵隊の兵隊が立ちどまり、穴から出れという。

「そんなところにいたら、夕方までにペチヤンコにされるぞ。毎日、敵戦車がここまできて砲撃しているんだ。そこを見ろよ」

 指さされた地面に、重戦車のキヤタピラのあとが、はっきりきざまれている。そばの斜面に一台の重戦車が破壊されていた。工兵隊が、きのう、やっつけたものだという。

 三人は穴をでて別の穴をさがした。空には敵観測機が軽いエンジンの音をひびかせて飛びまわりはじめた。早くさがさねばならなかった。木も草もない石ばかりの地面。空からは、まる見えだ。だが、もう、いまは仕方がない。三人は、頂上のがけぶちのタコツボにはいった。

 朝のおとずれとともに、付近一帯に艦砲、爆弾、砲弾の立体攻撃がはじまり、すさまじいサク裂音がつづく。三人は、タコツボにとじこもり、じっと息をひそめていた。

 午後になった。砲撃は、いっこうにやまない。二時か三時ころ、佐藤上等兵らのいるタコツボの上のほうに砲弾が命中した。そこには、大隊指揮班が陣地をかまえていた。

 真っ裸の兵隊が、装具いっさいを抱きかかえ、血相かえて駆けおりてきた。異様な光景でもあり、おかしいながめでもあった。あとでこれが佐藤厚兵長であることがわかった。

 彼は、川渡りの先陣をきめこんで、勇敢に飛びだして行ったが、全身に水をあび、軍服をすっかりぬらしてしまった。豪胆な彼は、敵弾にとじこめられている時間を利用して軍服をかわかそうと、裸になってほしているところへ砲弾がサク裂。あわてて軍服から装具いっさいを抱きかかえ、真っ裸で砲弾の下を突っ走り、別の穴へ移動した―ということだった。

 夕方までに、また、多数の犠牲者がでた。負傷兵は近くの野戦病院に送り、夜、第三中隊は首里へ後退した。中隊とはいえ人数は十数人、一個分隊程度だ。幹部を失った工藤中隊長は疲労し、元気を失っていた。

 あらたに球、暁兵団から人員補給をうけ、中隊は一個小隊ほどの戦力となり、中隊副官には球兵団から配属になった中村曹長、佐藤上等兵らの小隊には中村軍曹が着任した。

 中隊は石峯部落の戦車隊陣地に配備されることになり、その夜、砲弾のサク裂するなかを南下した。上等兵とは顔なじみの美馬正上等兵、朝鮮出身の金田一等兵などがおり、全員、無事に夜明けがた石峯に到着した。

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