米兵の声がきこえた。〝ガチヤ〟突然、金属的な音。ビックリして、満山上等兵は、横を見た。岩かげから小銃でねらっている。
「山ッ!」
軍のあいことばで怒鳴った。姿をあらわしたのは、友軍の兵ふたり。全身の緊張がとける。
「いれてくれ。かくれるところがないんだ・・・」
ふたりは、満山上等兵をわきのゴウへ案内してくれた。大小便のにおいが、強く鼻をつく。坑道を進む。医務室がある。下士官が、山三四七六部隊の患者収容所は、下のほうだという。しかし、上等兵は、この工兵隊のゴウから動かない決心をした。炊事係がにぎりめしを配給してくれたし、飲み水も、あきかんに集めて利用できた。毎日、夜間切り込み隊や急造爆雷をもつ肉攻班が出てゆく。武器は小銃と戦車地雷、急造爆雷しかなく、生還する者はいなかった。
四、五日たったある日、ゴウ内に緊張感がみなぎっていた。敵兵がゴウの上にいる―という。爆雷攻撃をうけるのは、時間の問題だった。まえにいた与座部隊の戦闘司令所でのことが思いだされた。〝ボタッ・・・〟と出入り口に、なにか重いものの落ちる音―
(爆薬だ!)
満山上等兵は、横たわり目をつぶった。
(大爆発だ。全滅だ・・・)
目をとじたまま、何分間かが経過した。予期した爆発が起こらない。工兵隊の隊長が低い声で部下に状況を教えた。
〈沖縄出身の初年兵が、爆薬投入と同時に爆薬に飛びつき、信管を抜きとって爆発をふせいだ〉
ゴウ内に感心した声と、ため息がながれた。それから一時間ほどして、煙が流れこんできた。ツーンといやなにおい。防毒面をつけようとして、ゴウ内は大さわぎになった。満山上等兵は、ぞうきんのような手ぬぐいを鼻と口にあて、通路の地面にぴったりふした。
ゴウはコの字型に掘ってある。片方から風がはいり、別の口から出てゆくのを敵が利用したらしい。
にじみでる水で、通路はドロドロ。だが、そんなことは、もうかまっていられなかった。濃い煙が、ゴウいっぱいにひろがって流れてくる。煙突のなかにでもいるようだ。
〈防毒面があればなあ・・・〉
だが、それも効果はないようだ。みんな、ひどく苦しんでいる。のどが痛く、胸がやけるようだ。顔を泥のなかに突っこむ。五分―十分―くるしみ、うめく者の無残な姿―頭が、ガンガンなる。もうがまんできない。死んだほうが楽なくらいだ。三人がゴウの外へ飛びだした。同時に鋭い銃声数発―。そして、やんだ。
「ヘーイ・・・」
米兵の叫び―ゴウの内部へ向って、なにか叫んでいる。ふと、新鮮な空気が流れこんでくるのに気づいた。てぬぐいをはずす。
〈うまいなあ・・・〉
ただれた肺に、胸いっぱい空気を吸いこむ。たとえようもないうまさだ。
その夜、多くの負傷兵が死んだ。衰弱しているからだで、多量の煙をすいこみ、生きぬくことができなかったらしい。
そのうちのひとりの悲劇的な最後は、まえに、菖蒲(あやめ)正美さん=三石町本桐=がのべていた霊の存在につながるもののようだ。
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