252いつの日か 生き残りオレだけ みんなの霊におわかれ

 九月中旬をすぎると、常夏の国沖縄も、そこはかとなく秋の気配がしのびよってくる。台風がやってきた。米軍の天幕群が吹き飛ばされた。

〈いい気味だ!もっと吹け!〉

 満山上等兵は心で叫びながら見ていた。

 十月一日。ドウクツに侵入した米兵を撃つ。その夜十二時ころ、入り口で〝オーイ〟と怒鳴る者がいた。返事をせずに様子をうかがった。

「さらば沖縄よ、またくるまでは・・・」

 なつかしい陣地構築中にうたった歌声がひびいてきた。ロウソクをもった兵隊が進んでくる。

「友軍だぞ!撃つなよ、だれかいるか?」

 満山上等兵は銃をにぎりしめたまま彼をむかえた。その兵隊は終戦をつげた。上等兵には信じられなかった。

「俺の背中に銃を突きつけていっしよにきてくれ、ウソだったら撃ってくれ」

 ドウクツから出ると、日本人が三人、タバコをのんでいた。米兵はいなかった。ジープで米軍のテントへみちびかれ、武装解除と取りしらべをうけた。

 満山上等兵らは二日ここにいた。十五人ほどの日本兵はトラックで北へ向かった。激戦場には、友軍機の残がい、炎上したトラック、戦車などが白日のもとにさらされていた。

 嘉手納(中)飛行場は拡張され、B29をはじめとする大小さまざまな飛行機がぎっしりならんでいた。

 道路は自動車でいっぱい。十字路には、交通係の米兵が立って整理している。満山上等兵ら日本兵の乗ったトラックは、いつしか自動車の長い列の一番あとになっていた。

 トラックは石川収容所についた。腕をつったり、棒にすがったりの日本兵がたくさんいる。みな、フンドシひとつに、シヤツに腕だけとおし、ボタンをかけずにフラフラ歩いている。その姿には、かつての帝国軍人のおもかげは、どこにもみあたらなかった。

〈日本は無条件降伏をした〉

 満山上等兵は、足もとがくずれてゆくようなおどろきを感じた。人にきいたりさがしたりしたが、近江中隊の者は、ひとりもいなかった。

〈生き残ったのは俺だけなのだろうか?〉

 満山上等兵は、いいようのないさびしさを感じた。

 二十一年七月二十日夜、乗船命令をうけ、B軍票で稼動賃金の支払いをうけた。南原付近でLST上陸用舟艇にのる。中城湾に武装をとりはずした海防艦が待っていた。乗り組み員は〝ごくろうさん〟をくりかえしながらてきぱきと帰還兵の休み場所をつくってくれた。エンジンの音がひびく。

〈ひげづらで、大きな目玉をクルクルさせていた近江中隊長はじめ、全中隊員の戦死し果てた沖縄から、いま俺は去ろうとしている・・・〉

〈全員から尊敬と信頼をよせられていた久米軍曹の死んだのはあの丘あたりだ・・・〉

〈松屋、大塚、森、村上・・・みんな死んだ〉

 満山上等兵のほおを涙がつたう。

「さようなら・・・沖縄・・・」

〈ふたたび、この地へこれるかどうかわからない。だが、俺はちかう。いつの日か、かならず貴様らをなぐさめにくると・・・〉

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