「上陸開始!」
米第五十一機動部隊司令官ターナー中将が信号を発した。昭和二十年四月一日午前五時六分。摂氏二十二度。空気は冷たいが、天気は晴れのようだ。さわやかな東北東の風。東支那海の静かな海面。沖縄本島の中部の西海岸・比謝(ひさ)川右岸の上陸地点―渡具知(とぐち)海岸一帯には、白い波がしら一つない。
渡具知部落の背後に、嘉手納(かでな)中飛行場、その北方二キロに読谷(よんたん)北飛行場がある。この二つの飛行場獲得をねらい、米軍部隊の総攻撃開始は午前八時三十分に決定していた。
視界は十六キロ。日本軍の陣地、動向、なにひとつ見落とすことはない。敵前上陸には好条件ぞろいだ。午前五時三十分、米艦隊は総攻撃直前の援護射撃を開始。戦艦十隻、巡洋艦九隻、駆逐艦二十三隻、砲艦百七十七隻がそれぞれの砲門を一斉に開いた。
付近の住民はゴウにはいり、敵弾をさけていたので、この光景をほとんどの者は見ていないが、富里誠輝(コザ市字胡屋三五)が自宅付近から見ると、西海岸を埋め尽くすほどの大艦隊が水平線にあざやかに浮かび、そのほとんどが動いていない。
大小無数の艦船のなかには真っ白い軍艦もある。パチパチパチ…と花火が発火するように艦砲発射のセン光が日の光りをはじき、いつやむともしれぬ砲撃がつづく。トタンを、たくさんのカナヅチでたたき続けているような砲撃音。
眼前に広がる広野に、間断なく砲弾がサク裂し、黒煙が上がる。快晴なのに、渡具知を含む嘉手納海岸一帯は黄色く煙っている。午前七時四十五分。空母艦隊が、上陸部隊を乗せた輸送船団を護衛して到着。艦船は一千三百二十一隻となり、海は船で黒くなった。
たちまち空母から艦載機が飛びたつ。百二十八機が海岸線から陸地にかけ、つぎつぎとナパーム弾を投下。炎の海だ。一発で二千から二千五百メートル平方の広さで発火、八百度以上の高熱ですべてを焼きはらう。そのすさまじさと、空をおおう米軍機の数に富里さんは、仰天してしまった。
大編隊が那覇から読谷方面にかけ、ゆうゆうと飛行している。絶え間のない艦砲、爆弾のサク裂。天地のどよめき。だが、日本軍は沈黙し、応戦の気配は全然ない。
米軍の敵前上陸用船舶は、上陸部隊、水陸両用戦車、水陸両用ケン引車、上陸用舟艇を積んで到着していたが、船首の大きな口をあけ、それらを吐き出した。水陸両用戦車が、第一波を編成、攻撃の旗を朝風になびかせて前進する。上陸地点まで三千六百メートル。午前八時だ。このうしろに、上陸部隊を乗せた上陸用舟艇、水陸両用牽引車の第五波から第七波までがつづく。
上陸用舟艇が海岸に近づくにつれ、乗り組みの米兵は、いまにも日本軍の砲撃を受けるのではないかと、かたずをのんでいた。だが、時たま、臼(きゅう)砲弾やその他の砲弾が飛んでくるだけだ。
海岸近くの障害物は、水中爆破隊、水陸両用ケン引車がかたづけた。抵抗らしい抵抗がない。まるで大演習のようだ。米軍の攻撃第一波は指定時間の八時三十分に接岸。二、三分のうちに各部隊も上陸を終えた。
支援砲火は、米軍第一波が接岸する一、二分前まで、猛射を浴びせていたが、ピタリとやみ、聞こえるのは、内陸向けの遠い砲音だけ。五時半から八時半までの三時間に、米軍が撃ち込んだ砲弾は、五インチ砲以上の砲弾四万四千八百二十五発、四・五インチロケット弾三万三千発、四・二インチ臼砲弾(自動砲弾)二万二千五百発。
上陸海岸線から陸地へ向かって約一千メートル以内は百メートル平方に二十五発の割りで砲弾が落下した。これは敵前上陸の支援砲撃としては、いまだかつてない猛烈な集中砲撃であった。
砲煙や砂ジンが消えると、砲撃でやられた火炎の煙こそ。あちこちから立ちのぼっているが、静寂そのもの。ひとっこ一人見えぬ牧歌的な島の光景がまぶしい南国の光を浴び、ほどよい暖かさのなかに広がっていた。この平和なながめが、米兵には異様に感じられた。あれほど予期していた日本軍の反撃がない。ワナにかかったのではないか?不吉な予感(これは、その後現実となって米軍を苦闘に巻き込んだ)と、疑心をいだかせた。偵察を出した。付近に日本軍はおらず、地雷もないことがはっきりした。陽気な米軍は、きょうがエープリル・フールであることを思い浮かべた。
後続部隊は、どんどん上陸し、一時間に一万六千、夕方までに六万以上が上陸。上陸地点から二マイルの距離にあった中・北両飛行場を攻撃、日本軍守備隊を全滅させて占領した。
◇資料の提供をお願いします。
「七師団戦記・あヽ沖縄」を完璧なものとするため、沖縄戦の記録をお持ちの方、関係者をご存じの方は札幌市大通り西四北海タイムス社戦記係(③○一三一)までご一報ください。
また沖縄戦没者アルバムを作成しますから、顔写真をお持ちの方は部隊名(連・中隊)階級氏名、遺族の住所氏名を明記してお送りください。
沖縄戦・きょうの暦
4月1日
二十年前のきょう米軍六万、沖縄西海岸の渡具知を中心に残波岬から北谷海岸にかけて上陸。北・中飛行場を占領。
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