志田上等兵は、中田伍長の声に、目をさました。敵は、もう撃っていなかった。起き上がろうとした。からだが妙に重い。土砂にうもれている力をふりしぼって立ち上がった。頭がズキズキ痛む。三人は前進をはじめた。
しばらく歩いた。前方の岩かげに人影を認めた。地にふせヤミのなかに視線をこらす。友軍のようでもある。中田伍長が低い声で「やま・・・」あいことばを叫んだ「かわ・・・」相手が答える。
ホッと気がゆるむ。立ち上がって歩み寄った。友軍の機関銃陣地だった。第五中隊の陣地の方向を教えてもらった。ヤミのなかを教えられたとおり進み洞窟(くつ)を見つけた。入り口に大槻蔵吉兵長(室蘭)塚谷政三衛生軍曹(美唄)雁瀬兵長(北海道)らがいた。志田上等兵は、ふたたび失神した。
気がついたとき、丸太づくりの寝台に寝かされていた。頭がぼんやりしている。
「かわいそうに、いい男だったのに、やはりダメカ・・・」
という声―大隊本部の連絡係外崎吉男曹長(美唄)だ。志田上等兵は、自分のことを言っているな、と思った。のどがやけつくようだ。重傷で水をのめば死ぬ―ということは聞いていた。しかし、外崎曹長は、北支那で初年兵の自分(志田)の班長だった。最後の水が飲みたい―志田上等兵は水をくれと叫んだ。
「オイ、しっかりしろ。いま水を飲むとまいるぞ。もう少しまて、飲ませてやるから・・・」
村上衛生上等兵(北海道)の声だ。もう、そんなことはどうでもいい―志田上等兵は叫びながら、身もだえた。
「死んでもいい・・・たのむから水をくれ、たのむ・・・」
あばれる志田上等兵を、村上上等兵が、しばらくおさえていた。が、だまって立って行った。志田上等兵の背中は肩からはいった敵弾が抜け、大きな傷口を開いていて、そこから肺の動くのが見えた。みんなの意見ではこの重傷では死ぬだろう、水を飲ませてやろうということになった。
村上上等兵は、七合くらいもはいる大型水筒を持って戻ってきた。
「ほら水だ。すこしは元気がつくかもしれん」
口をあけ、水筒の口をあてがった。その水を、志田上等兵は息もつかずにのみほした。
背中の傷は、痛むというより焼けつくようにほとっている。水を飲んで、ホッとした気持ちになった。体力が満ちてくる、気持ちに張りがでてくる。若さというのだろう、死ぬような気がしなくなった。
指揮班長の金山徳治准尉(余市)がやってきた。
「志田、どうだ立てるか?ほんとうは、お前を病院まで担送(担架にのせて送る)してやりたいのだが、このとおり、手がたりないんだ。わるいが、お前一人で、大隊本部の病院へ行ってくれ。中隊は今夜十一時に、ここから後退することになっているんだ」
志田上等兵は「ハイ」と答え起き上がろうとした。頭がズキズキ痛む。がまんして腰をあげた。めまいがして倒れた。
「やはり、だめか・・・」
金山准尉のがっかりした声。志田上等兵は、へこたれなかった。
「いま、何時ですか?」
時間をたずねられ、金山准尉は不審そうな顔をしたが、腕時計を見た」
「四時五分だ」
志田上等兵は、十一時まで、まだ、六時間ある―と考えた。
「十一時までには、自分で始末をします。准尉殿、もうすこし、ここにおいてください」
金山准尉は、では、そうしてくれといって、さびしそうに去って行った。
志田上等兵は、じっと体力の回復を待った。五時間ほどたっていた。起き上がろうとした。頭は痛むが、立って歩けそうだ。
大槻兵長に、そのむねを告げ、小銃に銃剣をつけてもらった。小銃をつえにして静かに歩いてみた。どうやら歩ける。病院へさがることを申告した。
松浦弘曹長(幌内村)が見送ってくれた。
「志田、気をつけて行けよ」
松浦曹長の無事を祈ってくれる声に、目から涙があふれた。
「曹長殿、武運長久を祈ります」
早く行け、とせきたてられ、洞窟(くつ)の外へ出た。午後十時ころだろう。照明弾が、海からも陸からもうちあげられ、夜のまちを歩くように明るい。志田上等兵、銃をつえに、ふらつく足に力をいれ、沢岻(たくし)の大隊本部病院まで一キロの道を歩きだした。
沖縄戦・きょうの暦
5月15日
首里松川高地で戦闘。
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