前線まで残すところ四キロの地点にさしかかった。負傷兵が続々と後退してくる。よごれた包帯に傷をつつんだ彼らは、二、三人ずつ組をつくり、肩をかしたり、手をひいたりしながら、ヨロヨロ歩いてくる。足をやられた一人は、青竹にすがり必死になって歩いていた。
彼らは、豊富な敵の鉄量にさんざんいためつけられて、見るもあわれな姿をしていた。満山兵長ら道産子たちは、まだ敵と一戦もまじえていない。敵の鉄量も、攻撃の実相もしらない。元気いっぱいだ。
「おい、しっかりしろ!」
「かたきをとってやるぞ!」
くちぐちに負傷兵を励ます。負傷兵は立ちどまり、信頼と喜びの目で道産子部隊の出陣を見送った。
「たのむぞッ!」
「敵をやっつけてくれ!」
いよいよ、最前線の山岳地帯・運玉森についた。陣地偵察のときに通った二十三連隊の連隊砲陣地付近は危険なので裏山をまわり頂上につく。火砲は分解して、みんなでかつぎあげた。汗が軍服の背中までにじみ出る。
頂上から小沢へさがる途中、民家が一軒さかんに燃えていた。兵長らは、炎のあかりを半身にうけ、そこを走りぬけて、ソ撃されるのをさけた。
一同ヘトヘトにつかれ、陣地予定地の小沢に到着、砲は分解のまま、くぼ地にかくして偽装した。あとかたづけがすんだころ、三十日の朝がしらじらとあけてきた。
分隊長の命令であちこちにタコツボを掘る。日中の行動は厳禁。分隊長は観測班長・富塚宏行伍長(五月十日運玉森で戦死)と島田実上等兵(帯広出身)をつれ、敵に面している小さな横穴にはいった。
満山兵長は、森芳蔵上等兵と分隊長の穴から四メートルくらいはなれた穴にはいった。その穴の入り口も、敵の方向をむいており奥行き二メートル、幅、高さとも一メートルくらいで、二人でいっぱいになった。くずれやすい黒土なので入り口に細い支柱をたてる。すぐ前が砂糖キビ畑で敵からは発見されないようだった。
満山兵長が分隊長のいる穴を見ると、入り口に、ヨシをたてかけてあった。まねしようか、とも思ったが、入り口が敵に露出しているわけでもないのでやめた。
命令があるまで、その場をうごくな、といわれていたので、穴の中で横になった。装具は邪魔にならないが、足がひどくほてる。ゲートルをとき、くつをぬいで、まくらにした。くつ下をぬいだ足に、土の冷たい感触が気持いい。トンボの爆音がしたようでもあったし、あたりがそうぞうしいような気もした。だが、火砲をひっぱっての十三キロの行軍、さらに二キロ分解搬送の―疲れきっていたので、深く眠りこけてしまった。
目がさめたのは午後四時ごろダダダダ・・・近くで重機の音。〈そうだ、敵が近いのだった〉
満山兵長は、ぐっすり眠って気分そう快。全身に緊張感がみなぎる。くつをはき、装具をととのえる。
〈分隊長はどうしたろう?〉
そっと外を見ておどろいた。目の前の砂糖キビ畑がなくなっている。敵の砲弾だ。まるで畑をたがやしたように、キビも畑も掘りかえされ、一面の真新しい黒土に変わっていた。
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