113地獄図の洞穴内 転げまわる負傷兵 照準中、両眼に砲火うけ

 どうしても、よく見えない。頭から天幕をかぶり、マッチをすって目盛りをあわせる。(微光灯は乾電池交換に出したままだった)

 射撃法はランプによる間接照準射撃(火砲の後方に光りの小さなランプをさげ、火砲の眼鏡をそこにつける。ここをゼロとして敵のいる方向を角度ではかって照準器におく。角度を与えられた照準器が、安定するまでハンドルをうごかすと、砲身は、ひとりで目標とする敵の方向にむく)

 タマこめは、一番砲手の森芳蔵上等兵、二番砲手の大塚福芳一等兵は砲側で待機、撃発は三番砲手の村上友吉上等兵。照準は満山兵長。すでに四十発の砲弾は、後方に運ばれてあった。五月二日午前二時(推定時間)兵長は、照準に邪魔になるので、鉄帽をぬぎ、足元にころがしてあった。

「よしッ!」

 諸元どおり砲を操作し終えた。

「撃てッ!」

 古口准尉の力のこもった号令。同時に砲声。最初の一発が、敵の頭上へ飛んでゆく。敵上陸以来三十二日目だった。

「どうか?」

 准尉が、観測班長に射撃効果をたずねる。

「いいようです」

 その声が、満山兵長ら、砲手四人をうれしがらせた。

「連続掃射ッ!」

 准尉の号令。砲口を左から右へ、すこしずつまわしながら撃ちつづけた。照明弾が頭上にあがる。敵砲弾が飛んでくる。敵は、めくら撃ちだ。こっちの場所がわからぬらしい。砲の左車輪が、だいぶ土の中にめりこんでいる。土がやわらかいようだ。照明弾で、これを見た満山兵長は、なおそうか―と思った。やれば、射撃を中断することになる。

〈なに、かまうもんか、撃ちまくれ〉

 射撃をつづけた。二十発くらい撃ったころ、敵の弾着も正確になった。危険を予感したが、陣地変換の命令はなかった。

 一弾を発射した直後、目前で敵弾サク裂。青白い火花が矢のように飛んできて、満山兵長の両眼に突きささった。同時に、丸太ン棒で頭を一撃されたようなショック。意識が、深い井戸の真ッ暗な底へ墜落してゆく―

 ぼんやりした聴覚に、ガヤガヤさわぐ人声。それから、だれかに背負われて走っているような感じ。

〈背負ってくれているのは、大塚福芳一等兵のようだが・・・〉

 ロウソクの光りが目にしみる。とぎれとぎれの意識の動き―その動きがとまり、わからなくなった。(満山兵長は敵弾のサク裂で、砲の照準座からうしろへあおむけにひっくりかえり左の目が飛び出して、血だらけの顔面にぶらさがっていた)

 はっきり意識をとりもどしたのは、病院ごうの中だった。あおむけにねかされている。両眼は厚く包帯をまかれていた。左の目が、焼け火ばしを突っ込まれたような激痛。じっと我慢していられない。両手で目をおさえ、うなりながらゴロゴロころげまわった。ほかにも多数の負傷者がいるようだ。息もたえだえのうめき、気が違ったような絶叫。あちこちから、水を求める叫び―どうくつ内にこだましまるで地獄のよう。  やかんの音。水の分配がはじまる。要求する叫び。むらがるのを制止する声。兵長も飯ごうのふたに水をもらう。起き上がってのむまでに水をこぼし一口ほどしかない。うまい。もっと飲みたい。大勢の負傷兵のうめき声と、水を求める叫びがいつまでも続いていた。

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