161斎藤少尉 刀を抱き座ったまま 胸に敵弾を受け絶命

〈戦車のつぎは、自分らだ―まごまごしてはいられないぞ〉伊坂兵長らは、いっさんに駆けだした。

 前田部落につく。江井中隊長はじめ戦友たちがなつかしがって迎えてくれた。

 兵長らは、前線に二、三日いた。指揮班長赤尾勝二曹長(夕張)が右だいたいぶ(大腿部)に負傷した。担架で首里の一日橋の本部まで送ることを命ぜられる。夜になった。六人で担架をかつぎ二人は、うしろから押し、八人とも前かがみの低い姿勢で走る。姿勢を高くするとソ撃される。それはわかっているが、疲れてくると姿勢が高くなる。苦しい、つらい後送―。

 やみの首里を通り越し、道はくだり坂にかかった。待ちかまえていたように迫撃砲弾が、一行九人をとらえた。来るとき、戦車がやられた地点だ。

 絶叫―叫びとも声とも聞きとれなかった。九人とも、いっぺんに吹き飛ばされた。一瞬爆風、破片、土砂が、すごいスピードで伊坂兵長の顔面、頭部に衝突する。兵長は、反射的に急斜面をずり落ちながら

「赤尾曹長殿―ッ」

 と叫んだ。それも声として耳に聞こえない。バラバラとだれの手足か、空から大根でも降るように落ちてきた。そのまま、しーんとして、どこからも人声が聞こえない。

 兵長は逃げ出した。敵は、やみのなかも見通しなのか、走り出す兵長の前面へ、前面へと砲弾を撃ち込む。行くてをふさぐかのようだ。

(これでは、逃げ道をさがしてもダメだ―)

 そう思い、足をとめたとき、だれかが泣きわめきながら気違いのように、がけを駆けおりてゆくのが見えた。

 その瞬間、頭部をいきなりうちのめされたようなショック。目がくらんだ。意識がうすれてゆく。

(くそッ! こんなことで。…これくらいで、やられてたまるかッ…)

 だが、ズルズル…と、からだが落ちてゆく。

〈俺は死なぬぞ、死んでたまるか…〉

 虫のように地面をはいながら、なんどもなんども自分にいいきかせた。

 この夜、赤尾曹長、工藤一等兵(ノモハン帰りの内地出身者)山田一等兵(北海道・補充兵)斎藤上等兵(北海道・補充兵)新垣、喜谷二等兵(沖縄)などが戦死し、頭部に負傷した伊坂兵長は、やっと中隊にたどりついた。

五月十二日、前田の友軍陣地は敵に包囲された―との情報に、伊坂兵長ら第一分隊、香川曹長の指揮にはいって救援に出動した。

 せまい谷間をとおる。水田の稲があおあおしている。ここだけは、激しい砲撃から忘れられたように、静まりかえっていた。第一回の切り込み隊に参加し、生還した布施上等兵が、斎藤道博少尉(札幌市〇〇)の戦死状況をつぎのように聞かせてくれた。

 斎藤少尉は、五月五日の第一回切り込み隊長として、猛烈な砲撃のなかを先頭に立ち、軍刀をふりかざして進んだ。

 部下は隊長の鬼神のような勇猛さにまぎれこまれ、われさきにと、自動小銃弾、迫撃砲弾の猛射の中を突撃したが、敵は引き金をひけば、何十発もうてる自動小銃、味方は一発ずつの歩兵銃、十メートルと進まないうち死傷続出。

 斎藤少尉も、のめるように倒れた。だがむっくり起き上がりふたたび前へ進んだ。ふたたび、敵の一斉射撃。少尉は軍刀をつえに、どっと地面にしりをついた。そのまま動かなかった。

 生きている隊員は、戦友のしかばねを踏みこえて突撃し、一命を投げすてて切り込み隊の任務をはたした。

 朝日がのぼった。やけつく暑さに、布施上等兵は正気づき、あたりをはいまわった。生きている者は一人もいなかった。だが、その時、ただ一人、どっかとすわっている斎藤少尉を見つけた。うれしさのあまり、近寄る前に声をかけた。なんど呼んでも答えない。近よってよく見ると胸に数発の敵弾をうけ、軍刀を抱きかかえて目をカッと見開いたままだった。

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