不吉を感受するカンは、異常なまでにするどくなっている。戦友たちは、飛び散るように姿をかくした。
〈あぶないッ! 逃げよう〉
一瞬、脳裏をよぎる危機感。伊坂兵長は走ろうとした。が
〈待て、待て…逃げても山砲弾が爆発すれば自爆だぞ〉
思いとどまった。そして
〈どうせ死ぬなら山砲弾を七、八発抱きかかえて死のう。かげもかたちもなくなる。兵隊らしい死にかただ〉
兵長は、積みあげた砲弾のうえにうつぶせになり、両手でタマを抱きしめた。
異様な音は、敵の十二連双(そう)迫撃砲弾のうなりだった。ソ撃では効果なしと見た敵は、みな殺しを意図して、迫撃砲を使いはじめたのだ。二メートルおきにサク裂する砲弾が、山のうえ一面に穴をあける。連続するサク裂音と振動で息がとまりそう。
〈もう、だめだ…〉
意識がうすれる。なにか重いものが、からだのうえに落ちてきて、押しつぶされるような感じ。もう、それもはっきりした神経の反応はしめさなくなっていた。
寒むけを感じた。地の奥底からゆすられるような振動が、からだにつたわってくる。
〈生きていたのか…〉
頭をあげようとした。重くてあがらない。しきりに頭をあげようと、何度かうごかしているうちに、ようやく頭があがった。
えい(曳)光弾(光りをひいて飛ぶ砲弾)の光りのほか、なにも見えない。
〈夜になっていたのか…〉
胸のところでヒヤヒヤしているものを見た。山砲弾が、冷たく光っている。
フラフラしながら立ちあがりあたりを見回した。地形がすっかり変わってしまっている。迫撃砲弾のすさまじいサク裂にえぐられ、どこが、いままでいたゴウなのか見当もつかない。
〈中隊は、どこにいるのだろう?〉
行きあう兵隊にたずね、工兵隊のゴウをさがした。たずねたずねて、やっと中隊のゴウに帰りつくと、中隊長(江井中尉)戦友たちは、飛びあがらんばかりによろこんでむかえてくれた。
しかし、敵の猛攻は、こちらに寝るまも、めしをくう時間もあたえない。緊張と疲労と殺気――みんな、なにもかもわからなくなっていた。
記憶によれば五月十五日の午前六時ころ。伊坂兵長は、戦友たちとカンパンを三つか四つかじってカラカラにかわいたのどに飲みくだしたときだった。
「敵だッ!」
赤星一等兵がゴウに飛び込んできた。監視所にいた彼の緊張が、そのまま江井中尉に伝わった。
「第一分隊ッ第二分隊ッ、切り込み用意ッ!」
中隊長の命令に、二、三人、サッと立ち上がった。伊坂兵長は包帯をまきかえているときだった。
「よしッ伊坂、俺が先行するぞ!」
布施伍長は、赤星一等兵、沖縄の初年兵をうながし、敵弾のなかへ飛び出していった。この時一分隊で、負傷していない者はこの三人だけだった。
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