165布施伍長 口から血ふき出す 絶命寸前の班長

 布施伍長ら三人のうしろ姿を見ながら、伊坂兵長は、おのれの心の声を聞いた。

〈負傷者といえど、動ける者は隊員ではないか…なぜ、行かぬ〉

 すぐ兵長は、中村上等兵、フチヤクキンプク一等兵をひきつれ交通ゴウを走った。

 しばらく行くと、意外なことに、むこうから赤星一等兵が駆け戻ってくる。

「どうしたッ?」

 兵長がたずねた。

「班長殿が…」

 あとは声にならない。赤星一等兵がなにを言おうとしているのかわからない。

「どこだッ!」

 兵長は気がせくまま、赤星一等兵をかきのけて敵陣のほうへ走った。二十メートルほどきたところで、兵長は、ギョッとして棒立ちになった。

 交通ゴウにあぐらをかいてすわっているのは布施伍長だが、その両眼は飛び出し、顔面から腕にかけて一面血潮にぬれ、なにがなんだかわからないほどの重傷である。

「…………」

 伍長が何か言おうとして、口からパフパフ血をふき出す。真ッ白な軍手をはめた右手が、ちぎれそうになってぶらさがっている。

〈だめだ…〉

 伊坂兵長は、布施伍長の戦死を即断した。が

「班長、いますぐ担架がくるぞッ!」

 と声をかけ、伍長の肩を飛び越えて敵のいる方向へ進んだ。戦闘のウズ―そのなかへ、みずから飛び込むことによって、この怒り、悲しみを忘れたかった。

 がけ下の交通ゴウに出た。突然、がけの上から、一斉に手りゅう弾を投げつけられた。

〈敵の野郎、やりやがったなあ…〉

 兵長は、手りゅう弾をにぎりしめた。だが、

〈まて、まて、上に向って投げても、うまくあたらない。それより、早くあのゴウへ飛び込め〉

 かたわらにゴウを見つけ、そこへ飛び込んだ。つづいて、中村、フチヤクが飛びこんできた。見れば、ゴウの中は野砲隊の負傷者ばかり。

「敵が、このゴウの上にきているぞ!」

 兵長が叫んだ。負傷者のなかから叫ぶ者がいた。

「カンパンの箱を入り口に積めッ!」

「よし、俺がやる」

 だれかが答える。あわただしく応戦準備。

「おい、みんな、手りゅう弾を持っていたら、くれてくれッ!」

 兵長が北海道弁で叫けぶ。入り口に、チラッと鬼のような敵兵の顔。自動小銃の銃口が向いた。兵長は手りゅう弾を投げた。サク裂。敵は撃ってこない。ゴウ内は、奥行きが五、六メートルしかないから、手りゅう弾を二、三発投げこまれれば全滅だ。

「敵の手りゅう弾は、一発も中へ入れるな。負傷兵を守れッ!」

 伊坂兵長は、中村、フチヤクの戦友に命じ、死角(敵の攻撃のおよばない安全な場所)に身をひそめ、敵が近づくのを待ちかまえた。

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