箱にすがり、伊坂兵長はフラフラして立ちあがる。右手で砂をかく。
〈早くここを出よう〉
意思力の限界、体力の限界を感じ休んでは掘り、掘っては休み、やっと、カンパンの箱を引き落として、ゴウの外へでた。
薄やみにつつまれた外界。目をやられたらしくすべてが、ぼんやりとしか見えない。
白いゲートルの敵兵の死体がちらばっている。痛む左足をひきずり敵の死体のなかを進む。
〈やられたと思っていたが、敵もずいぶんやられているぞ〉
元気がでた。からだじゅうに力がわいてくる。歩みをはやめた。前方に二つの人かげを発見、足をとめた。
〈敵かな?〉
向こうは、どんどん歩いてきた。ふたりとも軍刀をさげた将校だ。兵長は工兵隊のゴウをたずねた。ふたりが、さかんに何かいうのだが、その声が全然聞こえない。
〈耳もだめだ……頭をやられたため、目も耳も使えなくなったな……〉
兵長は右手をさしだし、頭をふって、聞こえない―ことを示した。将校は兵長の手のひらに地図を書いて教えてくれるのだが、わからない。ついに将校は、兵長の手をひいて十メートルほど案内し、ハゲ山を指さした。
〈見たことのないかたちの山だ〉
そう思った。しかし〈行けば誰かいるかもしれない〉兵長は、将校に別れて歩きだした。彼我の戦死体がちらばっている。フラフラしながら、戦死体のなかを歩きつづけ、砲撃でかたちが一変した中隊のゴウにつく。
〈とうとうついた。帰ってきた〉
なかへはいってゆく。みんなが大喜び―その情景はぼんやり見えるのだが、声はなにも聞こえない。本山衛生伍長が、伊坂兵長の聴覚に異常を感じたらしい。紙になにか書いて笑いながら見せてくれた。
(幽霊、ふたたび現れる)
しばらく休んだ。本山伍長が、また紙に書いたものを見せてくれた。
(中隊長殿から、香川曹長、伊坂兵長ほか七人を本部へ後退させるよう命令がでた。すぐしたくをして、午前零時に出発)
香川曹長は、右首すじの動脈すれすれのところに迫撃砲弾の破片をうけ、右腕にも負傷していた。九人は十五日午前零時出発。途中三人の戦死者をだし、大里村余座の工兵部隊本部のゴウに到着した。
よく十六日、伊坂兵長は、前田の陣地が十五日朝全滅した―と聞いた。兵長ら山三四八一部隊の生き残り将兵は、その後、与座岳台上の野砲隊のゴウへうつり、六月二十二日児玉部隊長の命令で、各自二キロ爆雷をもち、戦車、航空基地のガソリン積載所などへ向かい全員切り込みを敢行、あとに残った部隊長は軍旗とともに爆雷で自決した。
伊坂兵長も、たびたび切り込みに出撃したが生き残り、六人の戦友とめぐりあって八月二十五日、真壁部落のゴウで投降勧告隊にむかえられ、いっさいの戦闘行動を終えた。
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