伊坂兵長の見守るゴウの入り口に、はやぐちのさわがしい英語がひびいた。兵長はグッと全身を緊張。とたんに、十人ほどの敵兵が、ゴウの前を横ぎった。
〈やれッ!〉
兵長は、つづけざまに手りゅう弾を二発投げた。三発目を投げようとしたとき一発の手りゅう弾がゴウ内に飛び込んだ。
叫びともうめきともつかぬ声。ゴウ内は火薬くさい煙におおわれ、みんなむせて苦しむ。兵長は、左股と足首に負傷した。だが、そんなことにかまってはいられなかった。
「手りゅう弾を、つづけざまに二、三発投げるから、あるける者はそのすきに外へ出ろ!」
叫んで投げた。兵長が一番さきに飛び出す。そのとたん、頭に強い衝撃。小銃弾がかすったのか、手りゅう弾の破片か―一回転して交通ゴウに投げだされたが、夢中で立ちあがり、ゴウを走った。
大きなゴウの前に出た。軍曹がふたりいる。そばに手りゅう弾の箱がふたをあけておいてある。
「工兵です。手りゅう弾を五、六発ください。いま、敵の攻撃をうけているところです」
兵長の申しでに軍曹のひとりが、五、六発の手りゅう弾をさしだしながら
「どこだ?」とたずねた。
伊坂兵は手りゅう弾に両手をさしだして受けとろうとしたが、左肩が全然うごかない。
「やられているな」
軍曹は、兵長のズボンのポケットにいれてくれた。
ゴウへ戻る途中、中村上等兵とびっこをひいてやってくるフチヤク一等兵にあう。うしろに、三人の兵隊をつれているが、みんな顔がまっ黒。
「手りゅう弾をもらってきたぞ」
手渡しできない兵長は、中村、フチヤクのふたりにポケットからそれをとらせていたが、右顔面と左股からの出血がひどい。だんだん目のまえが暗くなり、遂にまっくらになって倒れた。
〈だれか、俺の顔に小便をかけているな……〉
兵長は目を開いた。まっくらだ。右手をすこしずつ動かしてみた。つめたい人の顔がふれる。
〈戦死者だな。だれだろう?……あれから、どのくらいたったんだろう?〉
右手を大きくうごかした。ジメジメした岩はだがある。
〈俺を、だれかゴウのなかへ運んでくれたらしい〉
立ちあがろうとした。左足が意のままにならない。しかたなく、その姿勢のまま、目玉に力をいれ、ぐるりと見回した。
かすかに、なにか落ちるもの音がする。
〈あれはなんだろう?……いよいよ立てなければ、はってゆこう〉
一メートルほど、全力をふりぼってはう。落ちているものに右手をのばす。
〈砂だ……〉
手をうごかしているうちにカンパンの箱のようなものにふれた。
〈このままなら生き埋めだ。立たねばならぬ。立ち上がって戦友たちとたたかおう……〉
伊坂兵長は立ちあがることに全力をふりしぼった。
戦記係から
沖縄戦没将兵アルバム製作は、現在のところ、よせられた写真がすくなく、アルバム発行は不可能な状態にあります。締め切りを十月末まで延期して写真の送付を待ち、そのうえで発行を決定しますから、さきにご送付くださいましたかたは、原板の返送を、もう少々お待ちください。まだご送付になられない方は、至急お送りください。
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