ゴウのなかに、まだ日本兵が九人いた。彼等は、海上を突破して国頭へ行くことを決めたといい、毎夜、九人で海岸へ行き丸太でイカダをつくっていた。ある日、彼等の代表が、杢大伍長らに別れのあいさつにきた。
「いよいよ今夜、俺たちはイカダで海上の敵船のなかを突破し、国頭へ行くことになった。君たちとは、これでお別れだが、いずれ国頭か本土で再会しよう」
九人は元気よくでていった。
〈俺たちも、早く敵陣を突破して、国頭へ行こう〉
伍長は、彼等をうらやましく思いながら眠りについた。
あけがたである。血だらけの負傷兵がひとり、はってゴウへはいってきた。
「どうしたッ?」
見れば、昨夜出発した九人のうちのひとりだ。
「やられた…」
彼の話によれば、九人は、砂をかぶせてあるイカダをとり出しにいったが地雷が爆発し八人は戦死した―という。
「敵は、われわれがイカダを作っているのを、まえから知っていて、地雷を敷設したんだ」
負傷兵は残念そうにいう。
〈かわいそうに、助かるためのイカダつくりが命とりになるなんて皮肉なことだ…〉
伍長が八人の死を悲しんでいるとき、数人の敵兵がゴウの入り口からはいってきた。六人は奥へ逃げこんだ。
「ヤマッ!」
奥から友軍の声。これに「カワ」と答えて近よった。三十人ほどの将兵がいた。なかに五人の女子挺身隊員もいた。伍長ら五人のグループは、この集団の近くにまとまった。しかし、このゴウも安全でないことを知った。
近日中に国頭脱出をきめ、五人は服装や身のまわり品をととのえることにした。
伍長は友軍の死体のなかをカンテラをさげてさがした。中将(氏名不明)の自爆したところがあり、手首や肉片が散乱していたが、将校のコウリを見つけた。ふたをあけた。将校の軍服がある。階級章をとって、ボロボロの軍服と着かえた。十円札がたくさんでてきた。手にとってはみたが、タバコにしてもうまくないし、全然魅力がない。思いきってすてた。
将校コウリのうえの岩が、たなのようになっている。そこに日本刀が一本あった。一メートルくらいの長い刀身に竜がほってある。ギラギラ不気味な光りをはなち、握っているうちに、自分でもおどろくほど精神が緊張してくる。
敵の小型で精密につくられた近代兵器にたいし、四、五百年むかしの兵器・日本刀をふりかざして突進するものの気持ちがわかるような気がした。
その日本刀は、大橋上等兵がもつ―というので渡した。仲間の兵隊たちもズボンやシャツをとりかえ服装をととのえて集合した。どんなことがあっても、この五人は、はなればなれにならぬこと―杢大伍長の命令。
そこへ、女子挺身隊員五人がやってきた。
「兵隊さん、お願いです。私たちもいっしょにつれていってください」
五人だけでも突破がむずかしいのに、このうえさらに人数がふえるのは危険だった。心を鬼にして、泣きすがる女性たちをふりきり、伍長らはゴウをあとにした。
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