179タバコ ただ、吸いたい一心 マネ事で気まぎらす

 その中学生は十六歳。米軍上陸前に戦車肉薄攻撃隊員として特別訓練をうけていた。戦闘がはじまると、訓練どおりに爆雷を持たされた。命令により敵戦車が進撃してくると予想されるくぼ地で待機していた。何日も待った。しかし、敵戦車は、この中学生のそばを通らなかった。日がたっていった。一週間くらいのうちに学友たちはみんな戦死し、中学生は空腹と疲労でうごけなくなってしまった―という。

 杢大伍長らの看護で中学生は生気をとりもどして、兵隊と行動をともにすることになった。

 五人で国頭地区へ向かい敵中を突破することを決めた。それには、各自が体力をつけること、はっきりした地図をつくることなどが必要になってきた。

 日もわからなくなっていたがある日(杢大伍長は六月末ころと推定)五人いる米須のゴウの東側のゴウでものすごい爆音がとどろいた。

 氏名不明の兵長から杢大伍長がきいた話では、中将の肩章をつけた氏名不明の人はじめ将校六、七人が円陣をつくり、まんなかに爆雷をおき、天皇陛下万歳を三唱して自決した―という。

 五人は、体力をつけるため夜になると食糧さがしに歩きまわった。なにも見つけられずに疲れて帰った。

「タバコがのみたいなあ…」

 伍長はだれも持っていないのを知っていた。だがのみたいとなるとむしょうにのみたくなる。

〈なんとかならないものか…〉

 大橋上等兵が十円札をとりだした。それを紙まきタバコのようにまるめ火をつけてうまそうにふかしてみせた。

「やってみろ、タバコの味がするぞ」

 いまは必要のない十円札。伍長はじめみんなが十円札で紙まきタバコをつくってふかした。

「タバコの味はしないねえ。すこし紙くさいが十円の味はするねえ」渡辺上等兵がおもしろくない表情でぼやいたのでみんなが笑った。

 米軍の掃とう戦が続いていた。

 日中、米軍はゴウの入り口に現われ、なかをのぞく。日本兵のいることがわかると、爆雷を爆発させて入り口をふさぐ。

 伍長は、入り口に現われた米兵に手りゅう弾を投げた。サク裂音。同時にキャーキヤーさわぐ声がし、逃げていった。

〈ざまみやがれ…〉

 と思った。ところが、数時間後、入り口にあらわれた米兵は、黄リン弾を投げ込み、メチャクチャに撃ってきた。

 ゴウのなかは黄リン弾の煙で息苦しく、リンで軍服が焼ける。手ではらえば、はらうだけひろがる。外では米兵が伍長らの出てくるのをまちかまえている。五人は奥のほうに逃げこんだ。

 米軍は、サーチライトをつけて入り口からはいってきた。彼等はめくらめっぽうに自動小銃を撃ちまくる。奥にいた日本兵が三人、四人と倒れる。伍長らの逃げ込んだゴウのなかほどに沖縄の住民をひとりつれた少佐(氏名不明)がいた。彼は

「地理にあかるい沖縄住民とふたりで、今夜、敵陣を突破して国頭へ行くところだ。きみたちも、無事突破してくれ」

 といいのこし、やみにまぎれてゴウを出ていった。

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