悲惨だ。あわれだ。みじめだ―しかし、感傷やもの思いにふけるひまもなく、戦死体をかたづけ、このゴウで生きぬかねばならなかった。
ムシロをさがし、死体を一カ所に集積する。作業が大変だ。死体の異臭が鼻をつき、運ぶ死体の手足がちぎれる。だれも、ものをいわない。全員黙々と作業をすすめた。
ようやく朝方、死体のかたづけが終わる。いままで死体がころがっていたところに、みんなは疲れたからだを横たえた。
ひるはぐっすり寝た。ふたたび夜になった。悪臭が鼻につきいごこちがわるい。どこかに、いいゴウはないか―この付近の地形にくわしい―という理由で撫養兵長、奥村豊伍長ほか一人に偵察が命ぜられた。
三人は、病院ゴウから小川にそって上流へ進んだ。かつて兵長が伝令の任務についていたとき、しばしば通ったところだ。石兵団のゴウがならんでいたところへ行ってみた。四月末ころのおもかげは全然ない。ほとんどの入り口は、爆雷か爆弾でつぶされている。
この石兵団のゴウにそって五十メートルほど進む。そこに球兵団のゴウがあった。入り口は、つぶされてはいるが、もぐりこむくらいあいている。
「ここにしよう。さあ、俺たちのゴウだ」
奥村伍長のうれしそうな声―兵長も、ほっとした気持ち、なかへ足をふみいれた。
目がやみになれる。ゴウの入り口から奥のほうにかけて、六十人ほどの兵隊が一列縦隊で壁面によりかかっていた。
〈なにをしているのだろう? ・・・どこの部隊だ?〉
不審感が恐怖に一変した。全員死んでいた―
「死んで間もないぞ。きのうか、きようやられたらしいなあ。なんでこんなに全員がやられたのだろう?」
三人は、おそるおそる立ったまま死んでいる戦死体を調べた。小銃弾ではない。爆雷でも火炎放射でもない。
「どうして死んだんだろう?」
「なんでやられたのかなあ・・・」
死因をつきとめることはできなかった。撫養兵長は強烈な爆風によるシヨック死か、それともガス弾の一種でやられたのではないか―と思った。
無気味なこのゴウも安全なかくれ場所ではない。三人は、もとの病院ゴウへひきかえすべく帰途についた。
三人が、石兵団のゴウのそばの橋を渡ったとき、真新しい板のうえに米軍のものらしいパン、かん詰め、タバコが山のように積みあげてあるのを発見した。思わぬ獲物に、三人はこおどりしてよろこんだ。
奥村伍長と、もう一人の兵隊は、上着をぬいでふろ敷きがわりに品物をつつめるだけつつんだ。撫養兵長はズボンのなかへタバコをはいるだけいれた。
米兵に見つけられないうちに早く逃げよう―あわてた奥村伍長が、あきかんにつまずいた。音がひびく。人声がし、電灯がついた。
見ると、米軍の幕舎が、ずらっとならんでいる。三人は、二列にならんだ幕舎の中間、炊事場にいることがわかった。無我夢中で小川に飛び込み、死にものぐるいで逃げた。
自動小銃を撃れたが、三人とも無事。やっと、みんなのいる病院ゴウへ逃げこんだが、兵長は、足がガクガクして思うようにならなかった。
命がけの戦利品は途中で落としたが兵長のタバコだけは、ズボンにはいっていた。わけてやると、みんなは大喜び。佐藤上等兵は撫養兵長に
「あす死ぬかもしれんのに、自分でぶん取ってきたタバコくらいはすえよ」という。この時から撫養さんはタバコを口にするようになった。
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