216自責の念 あの時手りゆう弾を 一斉脱走がウラ目に

 敵は、撫養兵長らの上にいる志村大隊長らの一団を発見したらしい。小銃と迫撃砲の音がとどろく。撫養兵長は、手りゆう弾を握りしめ、敵の接近をいまか、いまかと待つ。城戸二等兵(沖縄)の切迫したささやき。

「敵が、岩のうえにきていますッ!」

 上をうかがうと兵長らのかくれている岩の上に米兵がふたり、自動小銃をかまえて立っている。

「よし、俺が手りゆう弾でやっつけるから、みんな、そのすきに逃げろッ!」

 兵長は、手りゆう弾を投げようと身構えた。が、その時―

〈敵は気づいていない。もしこの一発で、敵兵が集まってきたら、みな殺しだ・・・〉

 投げるのをやめた。

「俺が行くぞ―と声をかけたら、みんな、それぞれ安全なところへ走れ」

 兵長は部下と打ち合わせをして、敵の様子をうかがう。敵がよそ見をしたすきに〝行くぞッ!〟と叫び、夢中で走った。

 自動小銃の発射音がひびく。走る足もとに砂煙がたつ。三十メートルくらい走った。墓場だ。低地になっている。飛びこんだ。日本兵のくされかけた戦死体がある。河野、佐藤上等兵が飛び込んできた。葛西義次郎一等兵、阿部正二兵長はやられたようだ。が、連れに行くことはむずかしい。足をやられた城戸二等兵がくる。一緒に逃げられそうもない。

「あとで迎えにくるから、どこへも行くな」

 墓のなかに彼をかくし、三人は山をかけおりた。下は畑。まる見えだ。また山へのぼり、一面にはえたソテツ林の下をはいまわった。

 機関銃隊の兵隊がいた。三人は、ほっとした気持ちになって近よった。ところが彼等は、危険だから、はなれてくれ―という。三人はソテツ林のなかで夜になるのを待った。

 自動小銃の音は、なかなかやまない。ソテツ林にひそんだままのながい長い一日だった。銃声がやんだのは、午後六時ころ。三人は夜のやみにまぎれ、朝シラミとりをしたところへ登っていった。岩から十メートルほどさがったところに、葛西一等兵と阿部兵長の戦死体があった。所持品を全部敵にうばわれている。

〈ひどいことをするものだ〉

 撫養兵長は敵の行為に腹が立ち、と同時に、自分の責任を感じた。

〈あのとき、俺が手りゆう弾を投げて、ふたりの敵を倒していたら、あるいは、戦友を殺されずにすんだかもしれない。多少の犠牲はやむをえない―と判断して、いっせいに逃げた結果がこれだ〉

 身を切られるような自責の念のうちに合掌して、ふたりのめい福を祈った。墓のなかの城戸二等兵もいなかった。その無事を念じ、志村大隊長らのかくれていた場所へ登っていった。

 日原中尉、佐藤秀雄上等兵らがいた。ここまできた兵隊の半数、約二十人が、この日・七月十七日に戦死した。

 大隊長は後方へくだった―という。撫養兵長は、数少なくなった戦友とともに、心のなかを冷たい風がふきぬけるようなさびしい気持ちで、新垣のゴウへくだった。

 志村大隊長は新垣のゴウにいた。日原大隊砲中隊の生き残りは、このゴウで自活生活をはじめた。

 主食はサツマ芋。毎晩、食料さがしに歩いた。米軍の陣地あとをみつけ、その地面に銃剣をさしこむと、いろんなかん詰めがでてきた。米兵は、支給された食料の残りを、前進するとき土のなかに埋めてゆくらしかった。

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