223陣地配備 軽機関銃も据えつけ やみの中でタコツボ掘る

 佐藤上等兵はタコツボからはいだし、岩かげづたいにじやりに足をすべらしながら斜面をのぼり、小高いところにでた。墓があり、なかに中原一等兵(沖縄)がいた。「分隊長殿、上のほうで友軍が応戦中のようです」

「わかった。見てくる。お前はここにおれ」

 上等兵は、さらに山を登った。下の道路には敵兵も戦車も見えない。山上から激しく軽機を撃つ音がきこえ、叫ぶ者がいる。

「おい、そこにいたらあぶないぞッ。向こうの山から撃たれる。早くかくれろッ!」

 上等兵は、岩かげにかくれ、前方をみた。くぼ地のかなた四千メートルほど向こうに、西日を背景にした三角山が黒くそびえ、そこから敵は機関銃を撃っている。

 上等兵は敵弾をくぐり、タコツボに飛びこんだ。三メートルほどの断がいの下に掘られたタコツボで、兵隊が三、四人いた。堅いサンゴ礁の岸壁に、無数のタマのあとが白い花模様のようについている。兵隊のひとりが、

「軽機で応戦したが、とても向こうの山までとどかない。上で軽機を撃っていた川口谷伍長は足に敵弾をうけ、いま、中隊長のゴウへ連れていった」

 夕やみがせまっていた。間もなく敵の射撃がやんだ。佐藤上等兵は、下の工藤中隊長のゴウへおりて行った。

 そこは、上等兵らが配属された傾斜面の裏側の山の下であった。深いゴウの奥に灯がともっている。中隊指揮班の兵隊が三、四人いた。工藤中隊長と渡会小隊長がなにか話をしていた。衛生兵の手当てをうけた川口谷伍長が転がってうなっていた。

 工藤中隊長は、佐藤上等兵を見ると。

「佐藤、元気だったか?」

 といって、ニッコリ笑った。「だいじようぶです」

 上等兵は、中隊長のいたわりにえがおで答えた。小隊長は、「陣地配備の位置をかえる。佐藤と高安一等兵こい」

 さきに立って歩きだした。外はやみ。照明弾がキラキラ輝き、緑の草が青黒く照らしだされる。上等兵は、そよ風をはだざむく感じながら小隊長について百メートルほどきた。立ちどまった小隊長が、

「お前たちは、ここに陣地をつくれ。あすになれば、下のくぼ地を敵が進んでくる。それを攻撃するのだ」

 山の中腹であった。上等兵は墓にいた中原一等兵をよびよせ、三人で、いっしようけんめいタコツボを掘った。石が多く、汗びっしより。夜明け近くまでかかって、穴を二つ掘り終えた。

 ひとつの穴には、実弾をはじめて撃つ―という軽機射手の高安。そのとなりの穴に、上等兵と弾薬手の中原一等兵がはいった。小隊長が見回りにきた。

「下のくぼ地へ敵がはいってきたら命令する。それまで撃つな。いま、裏の道路に面した山に、テキ弾筒分隊を配備してきた。これで敵を両面から攻撃できる。左側の曲ったところに大隊本部。そのとなりの木がたくさんはえている山に大隊砲。中隊本部は左側のゴウのなかにいる」

 といって去って行った。夜が明けてきた。上等兵は川添一等兵からもらったアメリカタバコを思い出し、ポケットからとりだして三人でふかした。

「日本には、もう飛行機はないんですねえ・・・」

 中原一等兵がさびしそうにいう。上等兵は返事のしようがなかった。戦闘開始以来、友軍機の姿を見たのは呑竜(どんりゆう)一機だけだったから・・・

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