友軍機でない。敵の艦載機だ。
〈だが、このあとから、かならず友軍機が迫ってくる。かならずやってくる〉
佐藤上等兵は、自分にいいきかせた。
上空を数十機の敵機が飛び去って行った。二、三分して、ふたたび爆音がした。
〈これだ。これが友軍機だ。音がちがう〉
伸びあがって、近づく機影を見守った。双発の友軍機呑竜(どんりゆう)。一機だが胴体の日の丸が目にしみるように赤い。ゆうゆうと日の丸を輝かし陣地上空を低空飛行で飛んでゆく。
〈逃げる敵機を追っているのだ〉
上等兵は小銃を打ちふり、両手を高くふった。うれし涙がこみあげ、視線が涙でかすむ。
〈よくきてくれた。待っていたぞ〉
心で叫び、手をふりつづけた。―これにつづく友軍機がない。
〈きっと、海上の敵艦を攻撃するため、海上を飛んでいるんだろう〉
自分を納得させようとしたが海上から対空砲火の音が全然しない。実に静かだ。
〈敵艦は遠くへ逃げたんだろう。呑竜は一機で数十機の敵機を追撃して行った。まだまだたくさんの友軍機が追撃してくるにちがいない〉
満腹と安心感―昨夜来の疲れもあった。上等兵は眠気をもよおし、寝込んでしまった。
遠くからひびく、戦車のキヤタピラの音に目をさまし、すぐ下の道路上を見た。
〈敵が退却してきたな?〉
と思った。キヤタピラの音は首里街道のほうから聞こえてくる。その方向は、左脇の山がじやまで見通せない。
キヤタピラの音は、だんだん数をまし、友軍陣地へ接近してくる。
〈退却方向ではない。敵の戦車攻撃だ!〉
はじめて不安感におそわれ、からだがふるえる。ふるえる手で、戦車攻撃用の急造爆雷をとり、胸に抱きかかえた。爆雷のなかの手りゆう弾の安全ピンをしらべ、小銃に装弾、着剣して、敵兵の近づくのを待った。
前方約三千メートルの畑の中の戦車は、朝みたままの姿で動いていない。しかし、五、六人の敵兵が、こちらの陣地を指さして何か話しあっている。緊張した空気が陣地一帯にみなぎる。
遂に、道路の左脇の山かげから敵戦車が一台、二台と姿をあらわし、突端でとまった。距離は五、六百メートル。戦車の前半部に一人、砲塔の横に一人、上半身はだかの米兵が肩から小銃をかけ、日焼けした赤い顔をモグモグさせて、ガムでもかんでいるようだ。二人とも、のん気そうに戦車に腰をかけている。佐藤上等兵らが、タコツボにかくれているのは知らないようだ。
上等兵は、小隊長の攻撃命令を待った、なかなか下令されない。昼をだいぶすぎた時間。攻撃が命令されないままに、敵戦車は山かげに去って行った。遠のくキヤタピラの音を耳にしながら、佐藤上等兵は、ほっとした気持ちになった。
ふたたび、静かな時間がながれた。夕方近くなった。四、五時間まえ、戦車のあらわれた突端の頂上から軽機関銃の銃声がひびいてきた。友軍のようでもあり、敵軍のようでもある。日は山かげに沈みそうになっていた。
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