231命令 犬死にはさせられぬ 〝陣地へ出ろ〟とはいうが

 一日ごとに、第三中隊の陣地に対する敵の砲撃が激しくなった。佐藤上等兵は、命令を無視して、兵隊をゴウへいれていた。村上曹長が巡察にきた。

「佐藤ッ!お前は、だれの命令で、上の陣地から兵隊をおろし、ゴウにいれているのだッ! 敵が攻撃してきたらどうするッ!早く、陣地配備につけろッ!」

 とド鳴った。上等兵は〝はい〟と返事はした。だが、ゴウの奥へ曹長がひっこむのを見送り、部下を陣地につけなかった。

〈このタマのなかに兵隊をならべたら、一兵残らず戦死だ。タマが静かになれば、必ず敵が攻めてくる。その時出て戦えばいい〉

 敵弾は、中隊陣地のはじから順次サク裂し、一寸きざみに、はじまでやってきて、ふたたびまえのところから波のようにやってくる。もう、サク裂する―と予測したその時、ゴウから及川上等兵が外へ出た。〝あぶないッ!〟。サク裂音。飛びちる手、足・・・

 〝水をくれ・・・水をくれ〟とうめく及川上等兵を、ゴウの入り口までひっぱりこんだ。衛生兵も手当てのしようがなく、つっ立ったままだ。佐藤上等兵は最後の水をのませた。及川上等兵は、水も、それをのませてくれる戦友たちの涙に光る顔も、すでにはっきりした意識はないようだった。

 夕方になった。タマの音が静かになる。佐藤上等兵は、部下を陣地につけた。首里のくずれ落ちた赤土の山に、数人の敵兵の姿が見えた。それを分隊員に教え、ゴウから出ないように注意をあたえて、中隊本部のゴウへおりた。それから間もなく、金田一等兵が重傷の伊藤三次郎一等兵を連れておりてきた。出るな―といってあったのに、伊藤一等兵はゴウから飛びだし、右腕を肩から砲弾でもぎとられた―という。苦しみながら、水を二口三口のんで絶命した。

 分隊員は高安、中平、金田だけ、四人は水のたまったタコツボにひそんでいた。

 佐藤上等兵は、戦いのつらさに、時々、ひと思いに死んでしまいたい衝動にかられた。タコツボから上半身をのばして地表上にさらす。砲弾が命中することをのぞんでいながら、破片が無気味な音をたてて飛びすぎると、サッと、無意識にタコツボへもぐる。もう、二度と地上にからだを出せなくなる。

〈ひとりで死ぬのはバカらしい。どうせ死ぬのなら敵兵を道づれにしよう―〉と思う。

 翌日はいい天気だった。首里前方の敵陣地もよく見える。敵も雨水には困っているらしく、鉄帽で水を外へかきだしているのが見える。

〈なるほど、敵のやつ、うまいことをやりやがる。こっちもまねしよう〉

 やってみた。ぐあいよく雨水をかきだすことができた。

 昼ごろ、めずらしく敵弾が静かになった。

〈変な気持ちだ。敵兵が接近しているのではなかろうか?〉

 三人に前方監視を命ずる。高安一等兵が叫んだ。

「敵が芦崎分隊のほうから現われましたッ!」

 七十メートルほど前方に、暁兵団から配属になった兵隊が、ピカピカ光る自動機関砲をかまえていた。その掩体(えんたい・土を盛りあげた防壁)近くに手りゆう弾を持った敵兵の姿―佐藤上等兵らには、全然気づいていない。敵は掩体をねらっていた。

「高安ッ!早く軽機を撃てっ!」

 命令した。が、高安一等兵はモジモジしながら、情ない声で

「撃てません」

という。

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