〈軍歌にもあるとおりだ。寸余の剣をもって、敵に攻撃する特攻精神。生きて虜囚(りよしゆう・ほりょ)のはずかしめをうけない兵の心得・・・〉
古口准尉の要求は操典どおりのことだった。
〈無腰でヒヨロヒヨロ歩いている兵隊を見れば、気合いもかけたくなるだろう。しかしオレだって・・・〉
満山上等兵は、古波津部落を射撃するとき、装具をつけていなかった。その後、たびたび、戦死者の銃剣に手をのばしたが、死者に悪いような気がしてやめた。
〈オレが恥ずかしいと思うことは、服装もそうだが、この気持ちなのだ。島国から発進した時のあの勇気、攻撃精神は、どこかえ消えてなくなり、ただ、敵がにくくておそろしい・・・〉
はじめ百六十数人もいた隊員は、いまでは六十人くらいしかいない。負傷兵らは、みんなのじやまにならないよう、通路の両側に腰をおろした。戦闘力を失った負傷兵を、だれひとりかえりみる者はなかった。
銃声が近くで聞こえるようになった。敵は広い道路をつくりながら進んでくる。戦線標示旗がすこしずつ前進している―との情報が伝わってきた。
〈敵のすさまじい火力に圧され、友軍はじりじり後退している〉満山上等兵がやりきれない気持ちでいた時だった。一大朗報が発表になった。
〈友軍機が敵が占領している北飛行場に着陸し、戦果を拡大中である。島尻地区の友軍上陸用舟艇は敵陣背後に逆上陸を敢行、敵を追撃中。なお、友軍重爆撃機が夜間飛来して食料弾薬を投下する〉
みんなはこおどりしてよろこんだ。近江中隊長は、植本上等兵ほか数人に、敵に見えない岩かげで火をたき、飛来する友軍機に合図することを命令した。
ゴウ内は生気にみち、砲撃も激しくゆさぶられることも、もう、たいして気にはならなかった。火は二晩たかれた。友軍機の気配はなかった。植本上等兵ら三人が戦死し、火をたくことは中止になった。他中隊からも戦死傷者がでたらしかった。
悲観的なウワサがささやかれるようになり、間もなくウワサは本物になった。
〈北飛行場を襲った空軍も、逆上陸部隊も全滅、友軍機は飛びたつ寸前、敵襲をうけて炎上した〉
ゴウ内には、以前にもまして、重苦しい空気がながれた。六月にはいり、風通しのわるいゴウ内は、むしぶろのよう。各中隊の負傷兵もせまい一個所に集められ、身動きできない。みんな暑さにあえいでいた。
突然、米軍から、日本軍の降伏をもとめるとともに、非戦闘員の戦場退去を勧告してきた。発砲中止の命令がでて、彼我の砲声が十数時間とだえた。(六月十七日)
それは、気味のわるい、ふしぎな静けさであった。兵隊たちのあいだに、いらだった空気がながれる。
〈生命を保証されて去ってゆく者と、刻々と死に近づく者・・・〉
満山上等兵は、とりのこされる者のさびしさをかみしめながら、あおむけに寝ころがっていた。シラミが首すじに集まってくる。それを親指と人さし指のつめでつぶしながら、外界の情報に耳をかたむけていた。
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