245父母の顔 ゴウ内に火炎放射 家族を思い?・・・失神

 〝ガガーン〟―ゴウが震動する。戦闘が再開された。猛烈な砲撃、近江隊の正面に敵が迫ってきた。清野分隊の連隊砲(中隊に一門残っていた)に射撃命令がかかる。目標は敵戦車―乗員は戦車からおりて、池で水浴しているという。

 頂上の展望口に観測班が陣どる。方向、距離、高低の諸元伝達は口づたえ。射撃開始―満山上等兵は、こぶしをにぎりしめ必中を祈った。だが、発射音がきこえない。敵弾のサク裂にまぎれたようだ。弾着修正が二度、三度と展望口から送られてきた。

「敵戦車逃走ッ!」

 失敗だった。みんなくやしがった。敵兵は、あわてふためき裸のまま戦車にのって逃げたという。

 敵が陣地の上にサク岩機をすえつけ、穴を掘りはじめた―という。強力な爆薬で頭からやられる―抵抗のしようがなかった。

 M4戦車の音が迫ってきた。清野分隊のほうから異様な絶叫―同時に、〝ゴーッ〟と不気味な音。

「火炎放射だッ!」

「清野分隊長がやられたッ!」

 断末魔のうめき、叫び。サク裂音。ゴウがグラグラゆれる。

 出入り口の支柱が倒れ、岩石がガラガラくずれる。ゴウ内の明りが全部消えた。

「ガスだッ!」

 満山上等兵は、手ぬぐいを口にあてた。

 中隊長の叫び―

「全員退避ッ!負傷者はあとからだッ!」

 ドヤドヤ・・・と奥へ逃げこむ足音。真ッくらやみのなかに、岩石のくずれ落ちる重い音がひびく。その下敷きになり、火炎放射で焼かれた者たちの絶叫、うめき、敵をのろう叫び―もろもろの叫びがゴウ内にこだまするのを耳にしながら、満山上等兵は、呼吸がくるしくなり、手足が重くなってきた。

〈小野が、手りゆう弾を持っていたが・・・〉

 自殺しようと、横へ手をのばした。いない。気が遠くなる―父の顔、母の顔、姉妹、弟の顔がうかぶ。

〈泰子、すまなかった。バンドでなぐったりして、俺はたんぱらだった・・・〉

 上等兵は失神した。

 頭が痛い。上等兵は起きあがろうとした。震動で岩がおしだし棚板にからだが押さえられていた。やっと抜けだして、ぼんやりあたりを見回す。真っくらで何もみえない。下のほうから、うめき声がきこえる。ひとりやふたりでない。

 奥のほうからロウソクの明りをもって近江中隊長がやってきた。

「みんなどうした?」

 ヒゲだらけの顔。下三白の目でじっと見すえる。気を失っていた満山上等兵には、返事のしようがなかった。中隊長は出入り口のほうへ歩み去った。奥へ逃げこんだ連中がもどってきてロウソクを二、三カ所にともした。あたりが見える。上等兵は、小野上等兵の所在をたずねた。それに答えるだれかの声―

「小野は、そこで死んでいるぞ」

 通路は死体で足の踏み場もないほど。小野上等兵はそのなかに横たわっていた。傷一つない大塚一等兵ら、奥へ逃げこもうとした大部分の者が、防毒面をつけたまま死んでいる。

〈どうして、死んだのだろう?〉

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