〈なぜ、残っているのだろう?〉
満山上等兵は不審感をもったが、ききただす勇気もなく、ひきかえした。
翌朝、見習士官に薬をもらっておこうと思い、行ってみたが彼はそこにいなかった。
外は快晴らしい。朝の光りがゴウへさしこんでいる。上等兵は、コの字型のゴウの中間に毛布をひいて横になった。頭上には、大きな岩盤が露出し、にじみでる水で光っている。敵の爆雷攻撃をうけ、このゴウがくずれる時があっても、この岩が守ってくれそうな気がした。
だれかが、うなりだした。敵には、無人のゴウにみせかけ、攻撃をさけねばならない。
〈声を出すな!静かにしてくれ!〉
だが、うなり声は、だんだん高く大きくなった。上等兵は、したうちをして、その負傷兵のそばによった。
若い兵隊だ。現役兵らしい。左肩からヒジまで肉をそぎ落とされ、骨が白く見えている。包帯は黒いヒモになって申しわけ程度にまかれてあった。ズボンもさけている。足もやられているようだ。
上等兵がカンテラをさげてその負傷兵のまくらもとに立つと負傷兵は動く右手を、自分の目の前でうちふり、必死になって怒鳴った。
「ああ・・・だめだッ!見えないぞッ!」
ギロリとした大きな目で、上等兵をにらむ。
「静かにしろッ!」
上等兵は負傷兵の顔に平手うちをくわせた。なんの反応も示さない。カンテラを近づけ、その顔をのぞいた。負傷兵の両眼は、またたきもせずに、かわいた光りをはなち、焦点は、もう遠いところにあった。
〈これはだめだ。死ぬ寸前だ 〉
わめきながら振っていた右手を床に落とした。足をつっぱり頭がグランとゆれた。絶命―両眼を大きく見開いたまま。
負傷兵のうめき声を聞きつけたのだろう。ゴウの外に米兵のかん高い声と、自動小銃の音が近づく。満山上等兵は、もとの場所へもどり、息をつめて外の様子をうかがった。
〈うまく通りすぎてくれればいいが・・・〉
祈るような気持ち―話し声は消えた。なんのもの音もしない。
〈やれやれ、これで助かった・・・〉
冷や汗をぬぐい、一息ついたとき〝ボタッ・・・〟と入り口にものの落ちる音―
〈アッ爆雷ッ!〉
全身がちぢみあがる。息がとまる。目の前が真ッくら。
〈ええくそッ!死ぬなら死ね!〉
覚悟をきめ、つぎに起こる大爆発を、じっと待った。
一瞬、青白い光り。目がくらむ。強大な爆発音。爆風―土砂が顔面につきささる。土煙がうなりをたててうずをまく。ゴウの支柱が倒れ、岩石がくずれる。
〈岩に押しつぶされ、ひとおもいに死なせてくれ!〉
満山上等兵は、ふせたまま目をつぶって死を待った。
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