255火の噴流 ものすごい火炎放射 本部の洞クツ目がけ

 強烈な爆発音―ドウクツがゆらぐ。爆風で加藤伍長は吹き飛ばされ、壁に激突した。

〈敵の爆雷攻撃だ!〉

 二発目がサク裂。入り口付近にいた者のからだが、こなごなになって吹き飛ぶ。ドウクツ内の丸太ぐみの二段式寝台がくずれ落ち、伍長は下敷きになった。上から人や丸太がおりかさなり、身動きできない。爆煙で息がつまる。くずれ落ちた寝台上の看護婦の死体から髪の毛をつたわって、血がポタポタと首すじに落ちてくる。伍長は死力をつくしてはいだした。そのままグッタリとなっていた。

 夜になった。静かだ。

〈のどがやける。ドロ水でもなんでもいい。のんでから死のう〉

 伍長は、死も恐れずドウクツからはいだした。照明弾で白昼のよう。かくれる草さえ焼けうせてない。伍長はイモ虫のようにはった。

〈二十メートル前方に井戸がある〉

 うしろに青山上等兵がつづいていた。機銃掃射の一斉射撃―

〈敵に発見されたらしい〉

 タマが無気味な音をたてて身辺につきささる。〝ワッ・・・〟うめき声がした。

〈青山がやられたな?〉

 その時、右腕に衝撃と同時に焼けつくような痛みを感じた。わきの下へ血がヌルヌル流れる。

〈もう、これまでだ〉

 立ちあがった伍長は、井戸をめがけて走った。わき水の井戸へ首を突っこみ、飲みつづけた。

〈うまい・・・たとえようもないうまさだ・・・〉

 気がついて見回すと、井戸のまわりは死体の山。しかし、なんの感懐もない。のめるだけのみ、そのまま大地にながながと寝そべった。

〈もう、どうでもいい・・・〉

 夜が明けかけていた。右腕が痛い。加藤伍長は、胴巻きをさいて、上衣のうえからしばった。

〈俺も負傷兵か・・・〉

 敵がまいていたビラの一節が思いうかぶ。

〈日本軍は日露戦争で大勝しました。そして、傷痍(い)軍人は征露丸を売って歩きました。はじめのうちは、みんな日露戦争の勇士として大事にされましたが、一年二年とたつうちに、だんだん忘れさられ、三年四年とすぎると、玄関ばらいをされるようになりました。みなさんは、その事実を知っていますか。あなたがたは、ただ軍閥(ぐんばつ)におどらされているだけです。むだな抵抗をやめて降伏しなさい〉

 井戸のまわりは小高い丘になっており、丘の中腹に民間人の小さなゴウが点在している。その一番近いゴウへ向かった。途中、男女ふたりづれにあう。男は柿本一等兵(札幌)女は、中隊の炊事要員の沖縄娘。三人は、奥行き二メートルくらいのゴウへもぐりこんだ。

 戦車の音のする方向を見た。新垣部落の南方一キロに松林がある。ほとんど焼きはらわれているが、そのなかにサンゴ礁のドウクツがあり、山三四八○部隊本部が、八重瀬岳からここに移った―と聞いていた。敵戦車は、このドウクツめがけて進んでゆく。

 戦車がとまった。火炎放射のものすごい火の噴流―

〈ドウクツの入り口がやられている〉

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