2024-05

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027泥人形の行進 すごい砲弾落下 連日の雨ひざまでぬかる

歩兵第二十二連隊第二大隊(平野少佐)が、十三日、我如古(がにく)東方高地に進出、激戦を展開して、敵中に孤立しているのも知らなかった―と第十五回で書いたが、生存者の田中松太郎曹長(札幌郡広島村市街)の手記に基づいて、ここへくるまでの経過をふり...
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026すごい日本砲兵 全戦線に弾幕 重砲、地軸をゆるがす

当時の外電から、米側では沖縄戦をどう見ていたか―もう少し続けてみよう。 【リスボン四月十日発同盟】九日の米側前線報道は、一斉に沖縄本島南部の日本軍が、重砲を大規模に使用している点を強調、しかも山岳陣地における日本軍の勇敢な抵抗を指摘して、米...
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025思わず、神様… 砲火の中、急降下 爆撃機、カジを転じ軍艦に

「志田手記」は、九日に神山島への奇襲攻撃が行なわれ、翌日(四月十日)早朝米軍舟艇が神山島に大砲を陸揚げしているのが見え、昼ごろになるとまた、前日に変わらぬ砲撃が始まった―と書いているが、そのころの外電が伝える戦闘状況は― 【リスボン六日発同...
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024住民も戦った 感ずる重大な任務 「使役」の名目で漁夫6人

沖縄の住民は、男女を問わず戦闘に参加し、勇敢に戦った。その戦いぶりを四月九日付け志田手記から―― 神山島(那覇西方海上五㌔)からの長距離砲の砲撃が日本軍には痛手だ。軍司令部のある首里高台一帯が、夜昼なしに猛砲撃にさらされている。この長距離砲...
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023勇ましい女子義勇軍 道産子を励ます 別れの宴で勇気百倍

十三日の夜襲に失敗した歩兵第二十二連隊第一大隊(鶴谷大隊長)のことは書いた。 首里へ向かった第三大隊(田川大隊長)第十一中隊(木口大尉)の動向を、生存者の長浜慶治上等兵(赤平市〇〇)の手記からみよう。 第十一中隊は小禄飛行場の海岸線に面した...
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022神風賦 本島に上陸開始 最大の水陸作戦

当時、新聞は軍の強力な言論統制下におかれ、批判的なことは、いっさい書けなかった。【昭和二十年四月一日付け・朝日新聞社説】 神風賦 琉球列島が太平洋にあって、きわめて要衝の地位を占めていることは、古くから、この島嶼(しょ)が東洋貿易の中心であ...
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021戦艦・大和の最期 低雲、視界悪し 直撃15発 左舷の傷つかれる

六日、日本第三十二軍司令部は小禄地区守備の海軍根拠地隊から電話で「大和」以下の連合艦隊が嘉手納沖の米艦船にたいして水上特攻をいどむ、との報告を受けた。将兵は歓声をあげた。 しかし牛島軍司令官と長参謀長は「御厚志千万かたじけなくは存ずるも、制...
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020巨大な線香花火 火を吹く特攻機 敵艦、一斉に集中砲火

◇冨里日記つづき 【四月七日】敵機の来襲は、一昨日以来だいぶ減ったと現地防衛隊員がいう。高度一千メートルの上空に二、三機だけだ。艦砲弾の落ちるのもかんまんになった。それでも終日、至近弾を撃ってくる。敵機からまる見えのこの山は、いつ艦砲の集中...
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019逃避行 死角から死角へ 五キロの道行ったりきたり

◇冨里日記つづき 【四月五日】未明、南上原の山ろくづたいを棚原へ向かう。昨日来の小雨はまだ降り続いている。切りたったガケの下からモウソウ竹が勢いよく伸びているところへ出た。 敵の攻勢からは完全な死角。一息いれようと腰をおろした。そのとき不意...
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018弾雨の中を ゴウからゴウへ 逃げ惑う沖縄の人びと

当時、沖縄住民はどんな状況だったか―。冨里誠輝氏=コザ市字〇〇=の「沖縄戦避難日記」から、そのあらましをうかがおう。 【四月二日】日中、一歩も外に出られない。ゴウのなかで過ごす。同僚教員の大半は召集された。いまや、みずから前線にはせ参ずる時...