佐藤武夫分隊長は、だれか生きている者はいないか、動いている者はいないか、と、伏せたまま、のび上がってあたりを見回した。
第二小隊の夜襲要員は二十五人。それが、またたくまに全員戦死するとは―信じられないことであった。眼前で展開されたいまの光景が、夢であればいいと思った。
照明弾が、まぶしいほど明るい。上半身を起き上がらせただけで、たちまち、砲弾が集中する。敵に監視され、頭もあげれない。伏せたまま、うしろを見た。後方十メートルほどのところに動いている兵隊がいる。
「だれだ?」
低く声をかけた。向こうからは、無神経な大きな声がした。
「分隊長殿ッ、どうしますか?」
沖縄出身の幹部候補生、与那峯上等兵だ。佐藤分隊長は低い声で指示した。
「さがれ」
その声が、与那峯上等兵には聞こえなかったのか、それとも理解できなかったのか、また大声で、佐藤分隊長に話しかけてきた。
とたんに、与那峯上等兵のすぐ前で、敵陣がサク裂。
「アッ!やられたッ!」
与那峯は、大声で叫び、頭をさげた。
「バカヤロウ、さがれッ!」
分隊長は、たまりかねてどなりつけた。
〈こんなところで、こんないいやつを殺してなるものか・・・〉
怒りに似た気持ちで、はってうしろへさがった。与那峯上等兵の両足をひっぱり、くぼ地へひきずり込んだ。
砲弾の破片が、上等兵の鉄帽をつらぬき、頭の右側面をかすったらしい。軽傷だが出血がひどい。分隊長は包帯をとりに出し、手当てをした。
与那峯上等兵は、手当てをうけながらも、まだ
「分隊長殿、どうします?突っ込みますか?」とたずねている。分隊長は、生き残った者同士の戦友愛を与那峯上等兵に感じた。
「生きているのは、おれとお前のふたりきりだぞ。この状況を中隊長殿に報告しなければならない。安全な場所までさがろう」
ふたりは、はったり、走ったりして、五、六十メートルほど後退した。そこに砲弾のサク裂した大きな穴があった。穴の中に人かげがあった。声をかけると分隊の伊藤三次郎一等兵。
「あんまりひどいんで、ここまでさがってきた」
仲間にあえた伊藤一等兵の声があかるい。佐藤分隊長も、いまとなっては、一人でも生き残っていたことがうれしかった。与那峯、伊藤に、ここを動くなといい、佐藤分隊長は一人で中隊へ報告に戻った。途中、テキ弾筒分隊長(佐藤さんは名前を忘れた)に出会い、夜襲が失敗し生残者は三人。報告に戻るところだ―と説明した。
二人が、第一大隊が待機している岩かげにたどりついたときは、夜が明けていた。
「攻撃失敗。全員戦死。生き残りは佐藤上等兵以下三人」
工藤中隊長は、佐藤分隊長の報告をきくと、みるみるうちに顔面そう白となった。伊東大隊長の前に立つと
「申しわけありません」
頭を下げたまま、うなだれてしまった。
部隊の上空を、米観測機が旋回しはじめた。伊東大隊長は、すぐ、転進命令を出したが、その命令が徹底しないうちに、はやくも敵の艦砲弾が、密集している部隊のなかでサク裂した。
逃げまどう兵隊の群れのなかに、続けざまに艦砲弾がサク裂する。たちまち、戦死者、負傷者が続出。伊東大隊長以下将校たちは
「さがれッ!」「退去せッ!」と狂ったようにどなりつづける。佐藤分隊長は、眼前に展開される〝阿修羅のちまた〟にどぎもをぬかれていたが、残してきた二人のことを思い出した。
〈連れて逃げなければ死んでしまう〉艦砲弾がサク裂し、破片がうなりをたてて飛ぶなかを走った。
穴にひそむ二人をうながし、ふたたび弾雨のなかへ―。破片も機銃弾も、からだに当たらないのがふしぎだ。米軍は、三、四百メートルさきの丘の上から機関銃を撃ちまくる。その火の尾をひいた弾丸が、三人のまわりに飛びはねる。
無我夢中で走り、夜襲に出発するまえの、丘の陣地に、やっと、帰りついた。
ホッとしてみると与那峯上等兵の姿がなかった。〈戦死かな?〉分隊長は、自分にたずねた。
〈いやいや、あのときのように、ひょっとすると、帰ってくるかもしれない〉佐藤分隊長は、与那峯上等兵の戦死をなかなか納得することができなかった。
沖縄戦・きょうの暦
6月7日
米軍、小禄村具志、赤城村武当を占領。
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