五月四日午前四時を期し、陸海空軍あげての総攻撃が行なわれる―この情報に、笹島兵長ら第一機関銃中隊(岸中隊)は、必勝の信念をいだいて前進した。
岸中隊は、小さな切り立った岩かげに到着、そこで夜を明かした。薄明るくなったころ、笹島兵長は、陣地を出て岩かげから北の方を見た。三十メートルほどのところに米軍の大部隊を発見、ビックリして、陣地へ走り、機関銃に手をのばした瞬間、渡辺直之上等兵(三笠市)が、横から、もぎとるように機関銃をうばい、肩に背負った。あッ―という間もなかった。渡辺上等兵は砲弾の直撃をうけ、銃もろともこっぱみじんに飛び散った。
敵の射撃、砲撃は雨あられのよう。有元巌伍長(幌加内町)は両足に十五発の銃弾をうけ、悲痛な叫び声をあげる。一瞬のうちに戦死者続出、生き残った者は、きわめてわずかだった。笹島兵長は、うめく有元伍長を背に、約三百メートルほど走り、通行ごうにはいって、敵弾をさけた。
われながら、よく敵弾が当たらなかったものだ―と、肩で息をしているところへ太田宅次郎一等兵(栗沢町)が、はってはいってきた。足首をやられている。
「ひと思いに殺してくれッ!」
太田一等兵が痛がって叫ぶ。有元伍長も、重傷の苦しさにたけきれず
「殺してくれ・・・殺してくれ・・・」
と泣き叫ぶ。負傷者ふたりの鬼気せまる絶叫に、笹島兵長は気が狂いそうになった。
〈殺してやろうか・・・こんなに苦しがっているんだから・・・〉腰の手リユウ弾を握りしめた。
〈いや、いや、そんなことはできない。なんとかして助けてやろう。戦友愛を忘れてはならぬ〉
苦しがって、また、ふたりが絶叫する。ふたたび、ムラムラ・・・と殺意があたまをもちあげる。
〈このままなら、三人とも敵に発見されるぞ。どうせ助からないんだ・・・やれ〉
また、手リユウ弾をにぎりしめる。が、どうしても、ピンを抜くことができない。
〈かわいそうに、ふたりともはるばる北海道から満州、そして沖縄まできた戦友ではないか。きょうだい以上の仲じやあないか・・・〉
助けようとして、助けるための医療品もなければ、野戦病院へ連れてゆくこともできない。どなって、あばれまわりたい衝動にかられる。
「おれを苦しめないでくれ。たのむッ!」負傷者は、殺してくれと絶叫するだけで、笹島兵長の声には耳をかさない。ここを逃げ出すことが思いうかぶ。
〈それは、殺す以上に残酷だ。そんなことはできない〉
〈では、どうすればいいんだ〉
捨てることも、殺すこともできない。耳をふさぎたくなるような、うめき、叫び、泣き声のこだまするごうのなかで、笹島兵長は
「当時を思い出しながらこの手記を書きつづけるいま、手がふるえるような思いがいたします」と書いている。
先日、広島村の田中松太郎さんが来社し、いま、ここにのべているような状況に出会った時のことを語り、涙で話ができなくなってしまった。
動けない負傷兵のたくさんいるごうへ、暗い顔をした衛生曹長がはいってきた。曹長が、どんなことを命ぜられてきたか、田中さんには、わかるのだが、曹長の行動をとめることができなかった。
「やめらせれば、あるいは、生きながらえた者は、いたかもしれないのに・・・」
そう言って、二重まぶたの目に力をこめ、わきあがる涙を、じっとこらえていたが、ついに落涙した。
見ている記者も、もらい泣きした。
山三四七五部隊第一大隊第一機関銃中隊の編成
(笹島繁勝さんの調査・敬称略)=(3)=
上埜猛(豊浦町〇〇五月十四日平良町)松岡茂(和歌山県伊都郡妙寺町〇〇五月七日棚原)藤田利家(栗沢町〇〇五月八日棚原)五郡邦良(室蘭市〇〇・五月七日棚原)小屋弥太郎(雨竜郡沼田村〇〇八月十九日照屋)青柴太助(札幌南〇〇五月七日棚原)網谷重信(札幌豊平〇〇・○月○日野戦病院)穴田正治(札幌南〇〇日時場所不明)佐々木忠晴(赤平市〇〇四月二十九日小波津)佐々木静夫(美唄市〇〇四月二十九日小波津)広富時市(門別町〇〇六月二十七日座波)茂庭勝美(赤平市〇〇六月二十七日座波)鈴木重雄(沙流郡日高町〇〇五月二十日棚原)松下義雄(江別〇〇五月二十日一四○高地)佐藤邦夫(虻田郡豊浦町〇〇五月七日棚原)澄川松雄(厚田村〇〇六月二十九日照屋)三浦繁(三笠市〇〇六月十七日国吉)
沖縄戦・きょうの暦
6月10日
米軍、八重瀬、与座岳攻撃。
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