098海上圧す米艦隊 じっと上陸を待つ 緊張にふるえながら

 栗山兵長ら第一小隊員は、摩文仁西側の小渡(おど)部落海岸の陣地にはいった。そこは、満潮時には、足もとまで海水がくるようなところであった。中隊本部、小隊本部は、海上からも、空中からも見えないところに設けられ、地下坑道でつながっていた。午前八時ころ、一安心したころ、米艦隊の一斉砲撃がはじまった。陣地内の道産子たちは、空からの機銃掃射にも空襲にも、平気な顔をしていた。ただ、日中にうかつに外へ出ることは厳禁された。本人も陣地も危険にさらされるからだ。

 ところが、その禁をおかしてかわるがわるものめずらしそうに海上をのぞき見する。天地をゆるがす爆発音、海上に、パッと黒煙があがり、ヒユーと頭上を跳び越す砲弾―このスリルはからだがゾクゾクする。

 はじめはそうだったが、これが三日、四日と、夜、昼なしに続くので、緑の島は、草木が吹き飛ばされて、岩石だけになり陣地のかたちまで変わってしまった。とくに、米須海岸と湊川地区がひどい。

 兵隊は、昼間は洞穴内で休養をとり、兵器の手入れなどをしている。夜になってから、砲撃でやられた銃座の交通ごうの修理、炊事、水くみ、連絡、地雷敷設作業などに、それぞれ忙しくなる。

 米軍は、まだ太陽が西の空に沈まないうちから照明弾をうちあげ、日本軍の行動を監視していた。米軍の掃海艇は、米須海岸へ二、三百メートルくらいも接岸する。地雷敷設作業中の栗山兵長らは、いまねらい撃ちすれば百発百中―と腕がなる。米軍は、かくれている日本兵の姿が見えないので、めくらうちに威かく射撃をしてくる。

〈撃っちまうか!〉

 ところが、陣地、兵力を秘密にするため、一発も撃つな―の厳命がくだされている。にらみつけている以外に方法はなかった。

 三月三十日朝、海岸線近くに米輸送船が約五十隻、いまにも上陸作戦を開始しそうなポーズで迫っていた。

〈米軍上陸開始?〉

 むかえうつ準備はできていた。極度の緊張で胸苦しい。からだが、こきざみにふるえる。栗山兵長は、自分だけかと思い戦友たちを見回した。みんな、ふるえながら海上を見守っている。重苦しい沈黙が洞穴内にただよい、ビールびんにいけた白ユリの花が、薄ぐらさのなかで、きよらかに咲いていた。

 午前八時三十分、米掃海艇二隻が接岸、煙幕をはった。はりながら東の湊川方面から全速力で西の喜屋武岬方面に姿を消した。

〈いよいよやる気だな。スマートなもんだ〉

 もう、ふるえはとまっている。栗山兵長は、手りゆう弾の安全せんをぬき、小銃に装弾した。敵砲弾の雨。じっと、敵の上陸を待った。胸に、白ユリのきよらかな花がうかぶ。

〈つめたいみたいな白さだったなあ〉

 気持ちは落ちついている。耳に米艦船のエンジンの音が、ゴウゴウとひびく。十分。十五分・・・時間がたつのがおそい。三十分経過。エンジンの音が、遠くへ小さくなってゆく。

〈いったい、敵は、なにをしているんだ?〉

海上をのぞいてみた。煙幕が風で薄くなっており、輸送船のまわりに、ボートみたいな舟がたくさんむらがっている。

〈上陸しないつもりなんだろうか?〉

 栗山兵長は、キツネにつままれたような不審感にとらわれた。

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