時々、砲弾が、スコールのようにサク裂して通りすぎる。連隊砲の前架にとりつけた大塚古年兵殿苦心の力作、補助車輪は、なかなかぐあいがいい。火砲を引っぱる満山兵長ら、隊員は、おかげで大助かりだ。
東風平(こちんだ)のまちに近づく。付近の丘の洞穴には、満山兵長の中隊本部(近江中隊)と部隊本部がある。東風平は糸満、湊川、首里への道路が交差しており、夜、昼なしに砲弾が集中するので〝魔の三差路〟といわれていた。
まちの上空に照明弾が五、六発あがった。途端に、十数発の艦砲弾が、やつぎばやに分隊の前面でサク裂。しがみついた大地がブルブルふるえる。
久米分隊長は、満山兵長ら部下に、道ばたのみぞにかくれるよう命じ、自分は、くいいるようなまなざしで、砲弾の弾着を読みはじめた。
照明弾が、つぎつぎと撃ちあげられ、砲弾があちこちでサク裂、土砂をはね飛ばす。
照明弾―青白いこの光り。落下さんにつるされ、ユラユラゆれながら一発、三、四分の寿命だが、こいつが頭上にあるかぎり、身動きできない。ねらい撃ちされるからだ。兵長は、照明弾がゆれながら降下するにつれて、ものの影が、のびたり縮んだりするのを見ていた。
久米分隊長のキビキビした口調、はりのある声。
「俺が合図したら、早駈け(全力をあげて走ること)で、ついてこい。途中、どんなことがあっても止まってはならん」
落ちついた、自信のある態度と果敢さ。
(部下が信頼するわけだ。だが、ここを無事に通過できるだろうか? まず、不可能と思えるが・・・)
満山兵長は、全身を緊張させ、視線を前方にくぎづけにしていた。十七人の分隊員は、だれひとり声を出す者がいない。分隊長の命令一点に全神経を直結。うてばひびく状態で、静かに呼吸している。
一弾が二十メートル前方のかきねを吹き飛ばす。同時に―
「いまだッ!」
分隊長の絶叫。隊員のスタート。重い連隊砲をひっぱり、満山兵長ら隊員は、走りに走った。
まちの中は、人家が破壊されて道路にくずれ、家財が散乱している。どこかの部隊の連射砲が一門、なかば土砂にうもれ、そのまわりで五、六人の砲手が倒れている。兵長らは、これらの光景を横目で見ながら、一気に走りつづけて町を通過、道が山かげにまがっている地点へきて、ホッと一息いれた。
体力、気力にすぐれた道産子たちは、タバコを胸いっぱいすって、ふたたび、火砲をひいて歩きだした。
中隊本部伝令からの情報によると、わが近江中隊は、一人の被害もなかったということで、一同は幸運に感謝した。東風平をすぎてからは、時々、砲弾が思い出したように飛んできて、畑のなかに穴をあけるだけ。危険は完全に去ったようだ。
満山兵長らは仲座の陣地から約十キロ前進して、東の空があかるくなるころ、宿泊予定地・津賀山に到着した。
戦記係から
小樽市〇〇の石川清さんが、小樽から出征沖縄戦に参加(部隊名、家族不明)した喜多憲了さんの消息をたずねている。ご存知の方は、戦記係まで。
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