142戦車地雷敷設 素手で道路を掘る やみの中、音のせぬよう

 大里陣地に残留した山三四八部隊一中隊の伊坂重一兵長(羽幌町築別炭鉱)はどうしたか―

 部隊が出発したよく日、戦勝を祈って見送った戦友たちが、ほとんど全滅、工兵はまだ、一人も帰っていない―との情報が、大里の留守隊にはいった。

〈デマではないか? なにかの誤算ではないか?〉

 信じられないことだった。だが、情報は、続々とはいってきた。どれもこれも、友軍の敗北を伝えるものばかり。

 「米軍も相当な被害をうけたが、わが軍にくらべると微々たるもの―」腹だたしい信じたくない―。だが、悲しい、おそろしい事実を伝えているのを感じとった。

 五月八日、遂に病気兵と留守兵数人を残し、伊坂兵長らは首里前線へ悲壮な決心をもって出発した。砲撃のなかを、夜どおし十六キロほど進み、首里の一日橋陣地につく。山の中腹に掘られた臼砲(きゅうほう)陣地で、道もない岩山を前の者を押しあげ、押しあげしてのぼる。しきりに敵弾がやみをさいて身辺でサク裂する。

 伊坂兵長は、前の柴田上等兵(札幌・補充兵)を押しあげて山を登っていた。上等兵とならんで亀田兵長(函館)が登ってゆく。敵弾サク裂。柴田上等兵のからだがさがってきた。「どうしたッ?」

 肩で柴田上等兵の足をうけとめた伊坂兵長が叫んだ。

「なあーに、ほんのすこし、やりやがった。ちくしょう…」

 そういいながらも、柴田上等兵のからだは、ずるずると力なく落ちてきた。左腿と背中をやられている。兵長は背のうをかなぐりすて、夢中で上等兵をかつぎあげた。亀田兵長のうなり声。大きなからだをくねらせ、右腕を偽装網にひっかけてうなりつづけている。右太腿がザクロのようだ。

「早く…早くごうへ入れろ!」

 伊坂兵長は、叫びながら登りつめ、ごうへ柴田上等兵のからだをおろした。柴田上等兵は、重傷者とは思えぬ、はっきりした元気のいい声で

「軍医殿、柴田の足を切ってください。重くて困ります」

 久野昌一軍医大尉(愛知)は無言で静かにうなずいた。間もなく、柴田上等兵は、みんなに別れをつげるかのように大きく手をふり、絶命した。

 夜がしらじらと明けてくる。敵弾は休みなく打ち込まれる。戦死一人のほか、亀田兵長、斎藤一等兵、石田上等兵、赤星一等兵ら四人が重軽傷をうけた。

 日中、ごうにひそみ、夜、一日橋の本部ごうから香川文夫軍曹(室蘭)を指揮官に、二個分隊二十四人が二手にわれ、戦車地雷の敷設に出発した。

 地下タビの足音をしのばせ、やみのなかでジグザグに走る。背中には地雷を背負っている。戦車の通る堅い道に出た。音をさせぬよう、手で土を掘る、円匙(ピ)では音がする。そのまだるこしさ―まるで、半日もかかっているような気がする。掘った穴に地雷を入れ、安全せんをぬいて埋め、土をかけて速かに逃げ帰るのだ。

 だれか、サンゴ礁のかけらにつまずいたらしい。にぶい音が、やみにひびく。とたんにものすごい一斉射撃の集中。タマがどこから飛んでくるのか。全然見当がつかない。香川軍曹が全員集合をかけた。集まったのは十六人。

「伊坂、こいッ!」

 軍曹によばれ、音もなく走るあとにつづいた。地雷敷設個所のすこし手前におりかさなるように倒れている。そばへよってゆすってみた。みんな死んでいた。

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