藤沢軍曹と五味伍長は広い三号病室に立ちつくしていた。広さが、いままでよりいっそう、広く感じられる。灯火も油がきれて消え、めっきり数がすくなくなった。岩からもれてくる雨だれが、ドウクツ内のトタンにあたり、ものすごい音でこだまする。
いま、ここに生きているのは、藤沢軍曹と五味伍長のふたりだけ。ぼんやり立っていたふたりは、どちらからともなく歩きだし、ちらかっている軍服のなかから、適当なものを見つけて、着がえた。
ふたりが重傷者の処置をしているうちに、ほかの者は出発し、おきざりにされたのである。
炊事場へ出た。カマのなかに、あたたかいめしが、びっしりたけている。夕食の準備をしたままなのだ。牛肉のカン詰め三、四個をあけ、カマのなかへ入れた。ヘラをサジがわりに、めしをくいながら、今後のことを相談した。
「どうせ、おいてけぼりをくったんだ。ここにいようじゃないですか」
五味伍長は、やけくそ気味。ふたりは大広間に戻った。寝台の下にちょうどいい空間があった。毛布、炊事道具、食料をはこびこみ、深いねむりにおちた。
爆発音に全神経をたたかれた。すごい震動―目を開いたが、ドウクツ内は白煙モウモウで、なにも見えない。
〈米兵のやつ、入り口に爆薬を投げこみやがったな?…発煙筒も、やりやがったに違いない〉
毛布をかぶり、じっとしていた。自然ドウクツの入り口は、破壊すればするほど大きくなる。埋没の心配はなかった。
疲れと安心とねむけ。そのまま時間が経過する。二・三時間たったようだった。白煙も薄れ外は夜の気配だ。
「ウ…ウ…ウン…」五味伍長がうなった。
「あ、だれだ?…だれだ、まくらもとに立っているのは…」
五味伍長がうなされている。しばらくして、また―
「あッ、大水だッ…大水だッ…」
狂って叫ぶ五味伍長。重傷者の処置で、気がおかしくなったらしい。
藤沢軍曹は、じっとしていられない気持ちになり、伍長をゆり起こした。
「おい、五味、聞いてくれ。友軍は、まだ玉砕したわけではなし、いつまでここにいてもしようがないから、一応、原隊に帰ってみて、原隊が玉砕していたら、ここへ、またもどってくることにしないか」
伍長が同意した。軍曹は、ここ・新城野病から脱出にとりかかった。ドウクツの上のほうに、湊川方面が一目で見える機関銃の銃眼がある。そこへ登って、外を見た。湊川一帯が眼下にひろがっていた。米軍の小型砲数門が、与座岳方向をかわるがわるある間隔をおいて砲撃中だ。まるで演習でもしているような気軽な調子だ。
軍曹が、近くを見ようと、銃眼から身をのりだした時―「エヘン」と、銃眼の真うえからせきばらいが聞こえた。
あわてて首をひっこめ、場所を移動、別の銃眼から外を見て、ビックリした。
眼前十五メートルに上半身はだかの米兵が片ひざをつき、軽機関銃をすえつけて、引きがねに指をさしこんでいる。その左となりには、完全武装の米兵が銃をかまえて、あたりをジロジロ見まわしている。
〈しまったッ! ドウクツのうえは、米軍の第一線になっている!
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