〈発炎筒だ…どこかに発炎筒があったはずだ。あいつなら、はでに火をふくから、きっとうまくゆく…〉
藤沢軍曹は、手さぐりでさがしはじめた。岩やら板やらかんずめのあきカン、その他いろいろなものが手にふれる。
〈まるで、メクラが金をさがしているみたいなかっこうだろうなあ・・・〉
いくら捜しても、発炎筒がみつからない。いや、手にふれない。
すみからすみまで、よつんばいになって、手さぐりで行ったり、きたり。ひざがしらを痛め、捜しはじめてから二時間くらいして、やっと、一本の発炎筒を岩かげにさぐりあてた。
すぐ、ガソリンのはいった容器と布切れをとりよせ、発炎筒に着火した。
“シューツ”と、花火のように吹き出す火。直接その火を、ガソリン容器にあてた。ガソリンが爆発的に発火した。まぶしくドウクツ内が照らし出される。白い煙りをふき出している発炎筒は、広場のほうへ投げた。
〈まず、めしの準備だ…〉
こうして、藤沢軍曹の一人ぐらしが、はじめられたが、二日目になると、ひとりだけ、この世にとりのこされたような心細さにたえきれなくなった。入り口付近では、相変わらず爆発音がしていたが
〈よし、思いきって、今晩、原隊へかえろう〉
そう決心した。すると、生気が体内にみなぎり、いそいで、めしを食うしたくをはじめた。
原隊の上官、戦友たちの顔が目先にちらつく。希望がわいてきて、口笛をふきたくなるほど、胸がワクワクする。楽しい。どうして楽しいかわからないが、楽しい―。
めしは、アルコールでたく。早い。かっこむ。真夜中の十二時。
〈ちょうどいい。地方人の着物を着てゆこう〉
軍服のうえから、バショウの皮で織った着物をきる。武装する。
〈脱出のコースは、広い三号病室の出口から、あのガケを伝い…〉
頭のなかに、道すじがうかんでくる。ロウソクに火をつけた。居室の火は消さずにおく。広場から炊事場に出た。外が、かすかに見える。照明弾が、しきりにあがっている。外の空気がうまい。勇気を出して進もうとしたとき、頭上から英語で話す人声がきこえた。
〈出口のうえにだれかいる!〉
さらに、前方に敵兵の姿を発見した。
〈だめだ!…ここは敵の陣地だったんだ〉
がっかり。体内の力がぬける。足音を忍ばせどうくつの奥へひきかえした。
〈原隊へもどることは、あきらめるより仕方がない…〉
そう自身にいいきかせ、いつとはなく眠りにおちた。
よく朝、目がさめると、またまた、じっとしていられないさびしさ、あせりを感じた。
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