〈吉田中尉は車両九両に弾薬を積載、第一線の新川(南風原村の西方)に転出すべし〉
命令をうけた中尉は杢大伍長らをつれ、午後十一時ころ八重瀬岳を出発した。トラックは九台ともドアをとりはずしてあった。
午前二時ころ新川到着。弾薬を友軍にひき渡す。帰りみちの途中で夜があけ、トンボに発見されて砲撃をうける。車に乗っている兵隊は、首をなぎはらわれるような激しい砲撃に生きている気がしない。
吉田中尉は、うしろの車からトラックと兵隊の安否を気づかっていたが、横腹に砲弾の破片をうけた。はらわたがでる。伍長は、いそいで上着をぬぎ、傷ぐちにあてて応急処置をとる。うめいていた中尉は、くるしさにたえかねて叫ぶ。
「殺してくれッ……殺してくれッ」
せめて野戦病院までは―と伍長は中尉を元気づけ、車を弾雨のなかに走らせた。
そのうちに二台、三台とトラックが破壊されてゆく。うなりつづける中尉は、伍長をにらみつけて叫んだ。
「拳銃をくれッ、命令だぞッ!」
いくら命令でも、中尉を助けたい。伍長は応じない。中尉はくりかえし、くりかえし叫ぶ。聞こえないふりをする。
ついに八重瀬岳の陣地についた。中村部隊長が走りよってきた。
「吉田ッ!……吉田ッしっかりしろ!」
声をかけられた吉田中尉は
「かあさん……おかあさん……」
ふたこと母をよび、息をひきとった。たよりにしていた中尉の戦死に伍長は涙にむせんだ。八重瀬岳の中腹に大尉を進級したなきがらと、水筒、弁当箱をうめ墓標をたてた。
家をやかれ、夫を兵隊にとられた避難民のむれが続々と南下してくる。その老人や病人、子供たちの一時的な避難所に、輜重隊が弾薬ゴウとして使っている墓所や自然ドウクツをあてた。あちこちで、弾薬とともに敵弾をさけている避難民の悲壮な姿は、戦争のおそろしさを如実に示していた。
夜になると特攻機一、二機が敵艦に体当たりをするのが望見され、特攻隊員に感謝するとともに、地上軍の士気があがった。
しかし敵艦の数は、沈められるたびにふえる―といってもいいすぎではないくらい補給が豊富だった。
これにひきかえ、富盛部落の山三四八三部隊本部は、他部隊からの負傷兵も集まっていっぱいになり、負傷者収容本部のような状態になってしまった。
遂に負傷者の手りゅう弾自決注射による処置が行われた。第三十二軍司令部は島尻地へ後退した。
米軍は追撃戦にうつった。敵機は手をのばせば、とどくほどの低空を飛びまわる。やぶれた日本軍を、まるでからかっているかのようだ。りゅうは、空がくらくなるほどサク裂しつづける。
ほとんどの部落は焼けおちて無残な光景だ。杢大伍長は連絡の途中、めずらしくも二十数戸の人家が残っている部落を通りかかった。そこに数千人の避難民が、ぼう然と集まっていた。
帰途、同じ部落へさしかかったとき、空襲と艦砲で一挙に撃破されるところだった。折りかさなって倒れる住民の悲鳴と絶叫。目前で展開される血と肉と土砂のあらしに、伍長は気違いになりそうだった。
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