夜になった。杢大伍長ら三人は、タコツボを出た。照明弾が明るい。
〈水が飲みたい。照明弾が照らしていても、もう、どうでもいい〉
〈水はないか…、水がのみたい…〉三人はさまよい歩く。ひあがった川のようなところへ出る。照明弾のあかりで見渡すと、一面に日本軍将兵の死体。
〈何百人だろう…大変な人数だ。みんな総攻撃でやられてしまったなあ…〉照明弾がきえた。月がない。まっくらやみ。
「おい、死体のうえをはってゆこう」
照明弾のきれまは五、六分間。そのあいだに行動しなければならぬ。三人は戦死体のうえをはって進む。
〈のどがやけつくようだ。水はないか…〉
いくらさがしてもない。
焼けた砂を口に入れる。刺激すれば、あるいはツバがでてくるかもしれない―と思って、サトウキビのシンをかじる。あまいしるがかわきをうるおす。
米須のゴウの前にでた。ゴウの上で米兵がたえまなく照明弾とえい光弾を夜空にうちあげている。水を飲みたい一念でゴウへ飛び込む。
ゴウの下にわき水がある。伍長と二等兵は走っていって水面へ顔を突っ込んだ。飲めるだけ飲んだ。何度も飲んだ。胃ぶくろから腹にかけて、鉛でもつめこまれたように重くなる。水くさいゲップ。それでも、かわきはやまない。また水へ口をつける―
やっと人心地がついてみるとあの一等兵の姿はなく、ふたりだけだ。
「あいつは?」
「途中まではいましたが…」
いなくなったものはしかたがない。伍長は、もう一回、水を飲もうと水面に口をつけてすいこんだ。
〈にがい!〉
ひどいにがさだ。
「おい、どうしたんだろう? この水はにがいなあ…」
島袋二等兵も口にふくんでみて、変な顔をし、はきだした。
「班長殿、毒をなげこまれたんでしょうか?」
〈あれほどうまかった水が、こんなににがい水になっている―よくも、腹が重くなるほど飲んだものだ…〉
伍長は、われながらあきれた。
「敵のやつ、なにかにがいものをいれて飲めなくしたんだろう。それより島袋、米のめしを腹いっぱい食ってから死んでやろう。めしをたこうぜ」
飯ゴウにこげくさい玄米をいれにがい水でたきはじめた。なつかしいめしのにおいが鼻にしみる。
〈これを食ったら死のう〉
めしがたきあがる。ふたりは顔を見合わせ、さびしくほほえんだ。
〈いままで、おれは笑いを忘れていた。笑わなくなってから何日、いや何カ月たっただろう?〉
伍長は、おのれの顔にうかんだ笑顔について考えた。
〈風にふかれてどこからか飛んできて顔にペッタリはりついた紙みたいな笑い顔―〉
そう思いながら、飯ゴウのめしを口にいれた。
〈めしだ。なつかしいめしだ…〉
伍長がふたくち、みくちめしを飲みこんだとき、ゴウの奥で異様な物音がした。
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