「なんだ?」
「だれか走ってきますッ」
杢大伍長と島袋二等兵は顔を見合わせて緊張した。手にはしと飯ごうをにぎったままだ。兵長の階級章をつけた兵隊がフラフラしながらでてきた。疲労しきっている。
「み…水はありませんか?」
伍長は緊張をといた。
「ああ、水か。水ならそとにたくさんあるぞ」
兵長は不安そうな目で
「そとは、だいじょうぶでしょうか?」
伍長は、いささか腹がたった。
〈今生の思い出に、最後のめしを味わっているところへ、よけいなやつがでてきたもんだ…〉
不機嫌な顔になった。
「だいじょうぶもなにも、あるもんか。俺たちはこれから自決するんだ」
兵長は、うろたえた。そして
「ちょ、ちょっと待ってください。このゴウの奥に、まだ将校以下三十人ほどいます…」
〈仲間がいる?…仲間がいるなら、俺たちはいそいで死ぬ必要もないわけだ〉
その兵長の説明によると、牛島軍司令官は自決したが、自決する前に〈もし生き残る将兵がいたら、敵陣を突破して国頭地区へ行き日本本土から友軍が沖縄を奪回にくるから、その時、国頭を陣地として米軍の後方をかくらんせよ〉との命令があったので、いま、奥のほうでその作戦をねっているところだ―という。
〈ほんとうに、そんな命令が出されたんだろうか?〉
杢大伍長には、信じれれないことだった。半信半疑の気持ちでいるところへ奥から、またひとり兵隊がでてきた。こうなった現在、ひとりでも友軍のいることは心強い。
〈友軍がいるなら自決はやめて、みんなと力をあわせ、勝ちぬかねばならぬ〉そう思い、ふたりは生きる相談をはじめた。
国頭へ行く道は、首里出身で三十歳をこえた島袋二等兵が知っていた。問題は食糧である。ふたりで捜しに出た。大橋、渡辺上等兵らにあう。彼らも国頭脱出を計画していた。四人は米須のゴウへもどった。国頭へ行くのは海上突破か陸上突破か―について四人は毎日、討議をかさねた。
目のまえに迫る問題は毎日の食糧である。伍長とふたりの上等兵は、夜になるとゴウをでて一日ごとに白骨化してゆく死体のなかに食糧をさがしあるいた。敵は掃とう戦(敗残の日本兵を襲撃する戦闘)をやっていた。
四人は、いつ撃たれるかわからぬ不安な状況のなかで、あたりに気をくばりながら食糧になるものをさがした。黒こげになった玄米やサツマイモを拾い、感激してゴウに持ちかえった。
ある日、杢大伍長は、通りかかったくぼ地の底からきこえるかすかなうめき声を耳にした。人が倒れている、警戒しながら近づくと、沖縄の中学生だった。学徒出陣らしい。
かすかに息はしているが、ダランとして死人同様。杢大伍長は三人に相談した。
「かわいそうに、つれていってやろう」
ひとりでも戦友のほしいときだ。四人で中学生をだきかかえ米須のゴウへはこんだ。
口もきけない学生に水をあたえた。かぶりつくようにのむ。いっぺんにのませると死ぬ。時間をおいてのませた。数時間後に元気をとりもどし、倒れたわけを語った。
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