219両眼失明 地面をはいずる友 死体の浮く水を飲む

 佐藤武夫上等兵(山三四七五部隊第一大隊第三中隊・釧路市南大通り六ノ二二)の手記によって、同中隊の五月七日以降の戦闘状況をつづる。

 五月四日の夜襲に失敗、命からがら夜襲出発前の陣地・一四六高地にもどった。

 丘のふもと一面に掘ってあったタコツボは、はやくも前線から後退してきた友軍に取られ、はいるところがない。

 頭上を敵観測機が旋回しはじめる。みんなあわてて、砲弾でつぶされたタコツボを掘りかえす。佐藤上等兵は、伊藤一等兵と共同で穴を掘り身を沈めた。穴が小さい。伊藤一等兵の頭を佐藤上等兵の股の間にしやにむに押しこんで、たがいにからだをちぢめたが、上半身は外へ出てしまう。そばの砂糖キビのからを頭上にのせ、じっとからだをちぢめていた。

 キビがらのあいだから前方の畑がよく見える。敵迫撃砲の集中攻撃がはじまった。すごいサク裂音だ。大きなあきかんを頭からかぶせられ、数本の棒で乱打されているようだ。

〈よくもこんなにたくさんタマがあるもんだ。すばやくどんどん撃てるもんだ〉

 何百発とも数えきれないタマが雨あられのよう。目前のみどり一色の畑が、みるみるうちに赤土色に変わり、その土がにえくりかえるように一面に土煙をあげている。

 うめき声―だれかやられたらしい。頭の上の砂糖キビに無気味な音をたてて砲弾片がつきささる。そのたびに目をつぶる。穴が小さすぎて身動きできない。

〈ひと思いに戦死したい。砲弾にさらされ、飛んでくる破片にびくびくするのは、もうたくさんだ!〉

 佐藤上等兵は、何度も心の中で叫んだ。砲撃は昼じゆう休みなくつづき、タコツボにはいったまま、砲弾にさらされていた。

 夕方近くになって、砲撃がやんだ。あたりが静かになる。敵の夕食時間―ほっとした気持ちで、穴から出ようとしたが、下半身がしびれて思うようにならない。

 見渡すと、穴から出た兵隊たちが体操をしたり、おたがいの無事を大きな声で喜びあったりしている。水を汲みに走ってゆく者もいる。

 昨夜から水をのんでいない佐藤上等兵は、いまのうちに飲んでおこうと穴からはい上がった。

 両目をやられて地面をはいまわっている兵隊―第一小隊の山下一等兵だ。

〈かわいそうに、ひと思いに死ねるようにタマが当たればよかったのに・・・〉

 戦死したもの、負傷した者―多くの犠牲者がでたようだ。両目を失って、なおも、この激戦場に生きねばならない山下一等兵の苦しみは死以上だ。一等兵に同情し、運命をのろった。

 佐藤上等兵は雨水のたまっている砲弾のあとをさがし歩いた。水筒に水をいれてもどってくる兵隊―それを見て走る者につづいた。水たまりがあり、戦死体がころがっていた。

 二、三人が走りおりて行き、死体のわきで水をのんだり、水筒にくみいれたりしながら

「おお、だれか死んでいるな・・・」

「味がついていて、うまいだろう」

 みんな平気だ。冗談をいって笑っている者さえいる。佐藤上等兵も、死体のわきで水を腹いっぱい飲んだ。水筒にもつめた。

(佐藤さんは、いま思うと、胸がムカムカする。しかし、当時は死体の浮いている水であろうが、泥水であろうが、実に有難い、貴重なものであった―と書いている)

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