佐藤上等兵ら第三中隊(工藤隊)は、その夜、歩ける負傷兵を野戦病院に後退させ、一四六高地から移動することになった。
失明してはいまわる山下一等兵は、戦友たちがくぼ地へつれてゆき、かならず迎えにくるから待っていろ―といっている。だが、一等兵は、一緒に連れて行ってくれ―と泣き叫けぶ。すがりつかれても連れては行かれない。無理じいに置きざりにして、中隊は首里街道に向かい、ひとりずつ間隔をおいて前進した。
照明弾があがる。数は少ない。その薄明りをあび、前を行く兵隊、足もとの地面がぼんやり見える。前進にはつごうがいい。敵砲弾の撃ちガラ薬きようが、五、六個所も山のように積まれた陣地のそばを通る。昼間、猛射をあびせた敵の迫撃砲陣地らしかった。
進んでゆくが、敵兵の姿も、砲撃もない。気楽な前進だ。さらに小隊長・渡会曹長の発表が、みんなを元気づけた。
「友軍の戦車が出動したので、敵兵は、いま海に退却中だ。明朝、本土の各基地から友軍機二百五十機が沖縄戦線に参加することになっている。われわれは、きようこそ、思うぞんぶん戦友のかたきをとろう」
〈待ちに待った飛行機がくるぞ。ようし、今度こそは、思いきり戦うことができるぞ〉
佐藤上等兵の脳裏に、数多くの負傷兵が、苦しい息のしたから、飛行機はまだか、友軍機は―絶命するまで叫んでいた姿を思い浮かべ、目の前が明るくなったような気がした。
それまで、黙り込んで歩いていた戦友たちも急に元気百倍といった様子で、戦争は、きようあすに終わり、北海道へ帰れる―と大さわぎだ。
山を登り降りして、三キロほど進んだころ、指揮班の川添政士一等兵が佐藤上等兵のそばへやってきた。
「いいものがあるんだ。敵さんのごちそうなんだ。たべてみな、うまいぞ」
手渡されたかん詰めは、うどんをトマトケチヤップでにたようなものだった。腹をへらしていた上等兵は、指でつまんで口へいれた。うまい。
〈敵のやつ、こんなうまいものを食いながら戦争しているのか・・・〉
三度の食事もろくろくせず、泥水をのんで戦っている日本軍にくらべ、さすがは物資豊富な国だ―うらやましいやら、腹立たしいやら。
「いいものを見つけてきたな、どこにあった?」
川添一等兵は、ニヤりとし、今度は三本入りのタバコを出してくれながら
「うん、いま登ってきた斜面にあった・・・」
彼は、ポンと雑のうをはたいてみせたが、まだ、たくさん持っているようだった。
前方に、とがった山。その左側は首里街道。山の右側の五、六百メートルはなれた低い山一帯が、山三四七五部隊第一大隊の陣地であった。
第三中隊は、とがった山に面し、一番接近したところに陣地を設けた。中隊指揮班は、山の下のゴウ。佐藤分隊は山の裏側・中飛行場方向に向かって陣地をかまえた。そこは道路ぞいの場所で、爆雷を持たされ、戦車特攻が任務であった。
佐藤上等兵は、まえに敵の幕舎が建っていたところと思われる平地にタコツボを掘った。
夜が明けてくる。前方の道路わきに、敵の幕舎が建ちならんでいる。その左側の山から敵兵のかん高い叫けび声がきこえた。
〈おお、いるな・・・〉
上等兵は、敵兵の声を耳にしながら、前の道路を逃げる敵をねらい撃ちするのにつごうがいいよう深い穴を掘りつづけた。
戦記係から
かねて小樽市立病院で入院加療中の村上友之助さん(小樽市真栄町畑十三、もと山一二○七部隊軍曹)は、七日午前九時永眠いたしました。謹しんでごめい福を祈ります。
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