221北海道の味 豆かんに故郷しのぶ 友軍機か、青空に爆音

 渡会小隊長がきた。命令あるまで撃つな―という。佐藤上等兵は、掘り終わったタコツボにはいってみた。

〈深さはじゅうぶん、これでよし〉

 突然、銃声。頭のうえからだ。のびあがって見た。川添一等兵だ。三発、四発とつづけて撃ちまくっている。

「川添、撃つな!撃ってはいけないッ!」

 射撃を中断した川添一等兵が、笑い顔をむけ、大声で叫んだ。

「前の幕舎を見ろ。ヤンキーのやつ、あわてて幕舎に逃げこんで行くぞ」

 見ると、敵幕舎の前に、いつの間に現われたかトラックが一台とまっている。敵兵が幕舎から箱のようなものを持ち出し、すきをみてトラックに積みこむ。そこをねらって川添一等兵が射撃をあびせる。敵兵があわてて逃げる。なるほどおもしろいながめだ。

 しかし、撃つな―の命令である。やたらに撃てば、日本軍の陣地が敵にわかる。川添一等兵に命令を伝え、射撃をやめさせた。

 一等兵は、残念そうな顔をして上等兵のところに、はってきた。かんづめとタバコを上等兵のタコツボに投げこみ

「このへんに、まだ、たくさんあるぞ」

 といって、ひきかえしていった。

 佐藤上等兵は、敵の様子を見守っていた。敵兵があわてながら箱のようなものを何度かトラックに積みこみ、トラックは首里街道のほうへ去っていった。

 右側の山のほうから、時々、米兵の声がきこえてくる。朝もやに包まれていた右前方の山は、すっかり晴れわたり、緑の樹木や畑、丘などがよく見えるようになった。遠くの畑のなかに敵戦車が七、八台ならんでいる。日本軍にやられた戦車らしかった。

 雲ひとつない青空。よく晴れた日だ。敵兵の姿も見えず、一発のタマも飛んでこない。上等兵は落ちついて深呼吸をした。 

〈いまに二百機の友軍機が飛んでくるぞ。道路上を逃げる敵兵は、ここからねらい撃ちだ〉

 まるで演習でもしているような、たのしい気分。敵兵の退却を、いまかいまかと待っていた。

川添一等兵からもらったかんづめをとりだす。便利なことに、かん切りまでついている。開くと、白い豆。口へいれると薄あまい味がついている。北海道でよくたべたコテボ豆によく似た味。

〈なつかしいなあ・・・北海道はいまごろ若葉の季節だが・・・〉

 大好物の豆。ひさしぶりのごちそう。腹いっぱいに満足して、アメリカタバコを深ぶかとふかした。はじめて吸う外国タバコ。軽い味がして、いい気分だ。

〈雨のようにふる砲弾、カラスのようにむらがる敵機―それがない。ここが戦場とは思えない静けさだ。まるで天国だ。いい日だなあ―〉

 タコツボからはいだし、岩かげづたいに上のほうへ登って行った。見渡したが、陣地配備された友軍の姿も、あまり見えない。空を見上げた。よく晴れた青空―友軍機の飛来する気配はなかった。

〈そのうちに飛んでくるだろう〉

 岩をつたってタコツボへもどった。かすかに爆音―しだいに大きくなり、多くの爆音となってひびいてきた。

〈そらきたッ!遂にきた。待ちに待った友軍機だ〉

 タコツボから飛びあがり、爆音のする青空を見渡した。真新しいおもちやのようにキラキラ輝きながら、何機も何機も飛んでくる。

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