石塚軍曹は、佐藤上等兵に〝すまなかった、すまなかった、おかげで命びろいをした・・・〟と頭をさげ、
「首里方面の敵が、機銃で撃ってくるのに、おまえは、頭を出しているので、心配だったものだから怒鳴ったんだ・・・」
という。夢中で撃ちまくっていた上等兵には、初耳だった。
〈全然、気がつかなかった・・・すると、俺も命びろいしたわけか・・・〉
その夜、佐藤上等兵はじめ中平一等兵、暁兵団の上等兵ふたりの四人は、切り込み隊を命ぜられた。中隊本部のゴウで、各自、手りゆう弾二発ずつと友軍の宣伝ビラを渡され、出発したが、三、四日間、なにも食べていないので、歩くたびに腹にこたえた。
中隊本部ゴウから芦崎分隊の陣地につく。切り込み隊は、ここから二百メートルほどさきの部落に一応集結することになっていた。山上から前方の敵状を見渡した。照明弾の明りはあるが、小雨のためよく見えない。山のすそを黙々と進む。
〈芦崎分隊の前方の山に、友軍二十人ほどが陣地をかまえていたが、一発も撃たず、敵に占領されたそうだ。中隊長は、けさ、その情報をうけ〝そんなバカなことはない。途中立ちよって一人を報告に帰えすように〟といっていたが、いったい、どんな状態なんだろう?〉
佐藤上等兵は、不吉な予感をおぼえた。中隊長のいっていた陣地は、芦崎分隊の陣地から二百メートルほどさきにあった。その山のふもとは、一足ごとにひざまでぬかる泥沼で、からだの自由がきかない。ぬかるみから斜面へあがりかけたところに、飯ゴウがふたつ。めしのうえにおさいをのせ、敵がまいた宣伝ビラをかぶせておいてあった。四、五メートルはなれて五、六人の日本兵がうつぶせに倒れていた。その様子から判断して、彼等は、めしをたき、上の陣地へ運ぶ途中不意に撃たれたらしかった。
佐藤上等兵らは、音をしのばせて斜面をのぼった。照明弾の明りで、山の上のほうに、敵兵らしいふたつの人かげを見た。頭をよせあってなにか相談している。よく見定めようと、前へ出たとたん、火の玉となった曳光弾が足元につきささった。
ハッとして位置をかえたが、一発目が合図であったかのように、四方から火の玉が集中した。上等兵は
「中平ッ!中隊へ連絡に行けッ!」
命令した。が、彼はおそれて動かない。つぎに命令を与えた暁兵団の上等兵らも走ろうとしない。
〈中隊長は、この陣地が、敵に占領されていたら、中隊全員で総攻撃をかける―といっていた。だれか報告にもどらねば、俺たちも中隊も全滅だ・・・〉
赤い火の玉が激しく集中する。上等兵は叫んだ。
「だれも行かないのなら、俺が行くぞッ!」
すると、三人は一緒に行く―と集まってきた。
〈これでは、切り込みは不可能だ。山の中腹にいる敵兵を攻撃して帰ろう〉
上等兵は、切り込みを中止しゆっくり、斜面を登って行った。
「手りゆう弾を投げたら、すぐ逃げろ。マゴマゴしていたら敵の集中射撃をくうぞ」
一発は自決用に残し、四人で山腹の敵陣めがけて一斉に投げた。やみのなかに、赤く火花がはじけ、サク裂音がとどろく。集中していた火の玉が、ぴったりとまった。
「走れッ!」
四人は夢中で、転げながら走った。
〈中隊長からしかられても仕方がない。ひとまず帰って、報告をしてからのことだ〉
コメント