234戦場の夢 湯気のたったみそ汁 食べる寸前目がさめる

 工藤中隊長は、切り込み隊の四人からひとりずつ報告をうけ〝ごくろうであった〟と礼をいった。

 佐藤上等兵は気持ちがすっきりしなかった。

〈切り込みの場所が違う。兵隊がいうことをきかなかったことにもよるが・・・〉

 一時間ほどして、佐藤上等兵は、中隊長によばれた。

「村上曹長は、敵の攻撃の音がきこえなかったといっている。佐藤、もう一度今度は、ひとりで、切り込みでなく、陣地偵察をやってくれ」

 夜は明けていた。

〈夜間でさえあれだけ撃たれたのだ。今度は、戦死を覚悟しなければならないぞ〉

 そう、上等兵は覚悟した。

「もうひとり、誰かつけてください」

「なぜだ?」

〈命令に従わない部下には、前回でこりている。しかし・・・〉

「自分が戦死したあと、誰が報告しますか?」

 工藤中隊長は、しばらく考えていたが、今夜、切り込みに出る者のなかから、ひとり連れて行け―といった。

 佐藤上等兵は、他部隊から転属になってきた、名前もしらない上等兵をつれ、小銃も持たずにゴウをでた。戦死を強制する中隊長―佐藤上等兵は、怒りを感じた。

〈戦死が恐ろしかったのではない〉

 上等兵は、わざと山のみねを進んだ。芦崎分隊の陣地付近に到着、敵陣を見渡した。四百メートルほど前方の頂上に敵兵が三人見える。佐藤上等兵は、つれの上等兵に

「あの敵兵がいる頂上の、すぐ下、二メートルほどのところにゴウがある。おれがあのゴウまで無事に行けたら、友軍の健在も、全滅もよくわかる。もし、友軍が生存していたら、その人数だけ片手をあげる。全滅の時は、両手を横にふるから、中隊へしらせてくれ」

 打ちあわせをして出発した。近よって頂上の敵兵を見上げると、居眠りをしているようだ。足音をしのばせて山を登り、敵兵の足元の友軍のゴウへ飛びこんだ。入り口近くに、軍刀を抜きかけた日本軍の将校と、兵隊の戦死体が六、七体ころがっており、敵兵はいない。友軍は、敵の不意うちをくったらしい。下の陣地に五、六体、付近のタコツボにも二、三体の戦死体があるが、どれも戦った様子は見あたらない。

〈昨夜、切り込みにきたときに見たままだ・・・これで任務は終わった〉

 上等兵は、両手を横にふって合図を送った。

 頂上の敵兵は居眠りのままだ。手りゆう弾を投げようとして、あちこちさがしたがない。落としたらしい。

〈逃げよう!〉

 いっさんに走った。芦崎分隊陣地につく。この時はじめて、頂上の敵兵らに射撃されているのを知った。ふたたび走って陣地へ戻った。

 工藤中隊長はきげんがよかった。きようは休養をとれ―という。だが、上等兵はタコツボに残したままの部下が気になって陣地へ帰った。

 空一面の敵機。耳を圧迫する爆音。赤土色の山―石峰陣地は一日ごとに追いつめられてゆく。はじめ、石峰は、一週間守備できればいいといっていたが、もう、九日ほどにもなっていた。友軍は疲労し、苦悩のいろが濃かった。

 佐藤上等兵は、部下三人を下のゴウにいれ、砲弾のサク裂に息をひそめていた。砲撃は、二時間ほど続き、突然、静かになった。敵の進攻だ。陣地配備につく。

 芦崎分隊が攻撃をうけ、応戦をはじめた。佐藤上等兵らは、応戦準備で待ちうけたが、敵は遂に攻めてこなかった。

 どんより曇っていた空からまた雨が降りだした。雨は、その夜一番じゆう降りつづき、朝になってもやまなかった。ずぶぬれのまま、佐藤上等兵は、うとうとまどろんでいた。白いめしと、湯気の立つみそ汁がある。たべようとしたとたん、家が倒れ、目がさめた。

〈なんだあ、夢か・・・せっかくのめしが、残念だなあ・・・〉

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