236火の中 回りを包む赤い炎 水含ませた毛布で防ぐ

 つぎの瞬間、サッと、真っ赤な炎が全身をつつんだ。

〈火炎放射だッ!〉

 佐藤上等兵は、奥へ駆けこみ絶叫した。

「火炎放射だッ!毛布をはれッ!水にぬらしてはれッ!」

 高安、中平一等兵らが、大急ぎで床にひいてあるぬれ毛布を何枚も地面の水たまりにつけ、つぎつぎに坑木へぶらさげた。どんどん、煙がはいってくる。毛布の内側には、軽機を構え、外側からくる者は、だれかまわず撃つ用意をととのえた。

 時々、毛布のはじから、入り口のほうをのぞいて、様子をうかがった。やがて、火炎が消えた。煙もうすらいだ。敵兵の姿はない。佐藤上等兵は、高安一等兵に監視を命じ、くちびるの傷を治療するため、ゴウの奥へはいって行った。

 中山伍長は、左ももから足にかけ、数個所にわたって弾片が突きささり、相当の重傷である。また、のぞき穴から何発も手りゆう弾が投げこまれたため指揮班からも負傷者がでていた。佐藤上等兵は失明もせず、軽傷であることを知った。

〈悪運が強いのだろう。ひとつためしてやろうか・・・〉

 足音をしのばせ、入り口に近より、外をのぞいた。敵がいない。ゴウの切り割りまで出てみた。上から敵兵の声がきこえる。さらに進んで、うしろをふりかえり、ゴウの右脇を見た。さらに、目を転じた左側に、口径の大きい、七十五ミリもありそうな銃をかまえた敵兵がひとり。罪のない顔で上等兵を見た。

〈よし、こいつをやろう〉

 奥へ手りゆう弾をとりにもどった。一発も残っていない。小銃を持ってもどったが、切り割りが高くて撃てない。前へ出れば、上の敵にやられる。上等兵は、奥からカンパンのあき箱を運び、台にして、静かに小銃を出した。敵は、こちらから出した小銃をねらって、一発撃ってきた。すぐ、位置をかえ、しばらくおいて外をのぞいた。声はするのだが、芦崎分隊の陣地からうしろの斜面へかけ、敵はひとりもいない。気づかれないよう前へ出て、ゴウの上を見上げた。五、六人の敵兵が、声高に話し合っている。雨は小降りになっていた。首里、石峯間のくぼ地には、発煙弾が撃ちこまれ煙でなにも見えない。佐藤上等兵は奥の中隊長に、一応状況を報告し、ふたたび、監視のため入り口へもどった。

 ゴウ内へ敵の手りゆう弾を投げこまれ、戦闘が始まってから四、五時間経過していた。佐藤上等兵は、芦崎分隊のことが気がかりだった。奥から村上曹長が出てきた。

「佐藤と中平は、ゴウの上の敵を攻撃せよ。山田一等兵ほか一名は芦崎分隊の敵を攻撃すべし。中隊は最後の突撃を行なう」

 命令を伝えられ、手りゆう弾を一発ずつ手渡された。佐藤上等兵は、命令を、どのようにして実行するか、敵を、いかにして倒すか―その場に立ちつくしていた。

〈敵は、十メートルほどさきの段畑に待ちかまえている。うかつに飛びだしたら、やられるだけだ。幹部は敵状を見ていない。なにも知らないのだ・・・〉

 山田一等兵らも、とまどっていた。ふたたび村上曹長がでてきて、〝まだいたのかッ!早く切り込めッ!〟とどなった。

 佐藤上等兵、山田一等兵らは腹だちまぎれに出発した。山田一等兵らは、芦崎分隊の敵を攻撃せずに、佐藤上等兵らと一緒にゴウの上の敵に切り込みをする―という。上等兵は、〝目的が違う。命令どおりにせよ〟―と注意したが、山田一等兵らはついてきた。上等兵は、小高いところにのぼり、敵状をうかがった。

 すぐ上のタコツボに、敵兵が三人いた。彼等は、佐藤上等兵らに背中をむけていた。三、四メートルほど先に段畑があり、四十センチほどのくぼ地になっていた。上等兵は走ってそのくぼ地へ飛び込み、手りゆう弾の安全ピンをはれあがった口にくわえ、抜きとった。

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