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030山三四八一部隊 後退につぐ後退 切り込み隊一人も帰らず

工兵(山三四八一部隊)で、現在までに、戦記係に連絡のあったのは日野定男さん(広尾町〇〇)と高野直之さん(三笠市〇〇)の二人だけ。 同部隊の兵員数は、約一千人、防衛召集二百五十人、合計一千二百五十人で編成されていたが生存者は二十数人といわれて...
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029山三四八三部隊 生存わずか40人 筆舌に尽くせぬ悲惨さ

前線では、石兵団と山兵団の三四七四部隊が激戦中―とのことだが、米軍の、このおびただしい物量と強力な新兵器にたいし、日本軍は一発ずつしか発砲できない歩兵銃で、一機の友軍機の援護もなく戦っている。友軍機は、いつきてくれるのだろう―。これは、戦う...
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028吉田勝中佐 熱く血がかよう 本道出身の野人連隊長

◇田中手記を資料とする第二大隊の前進つづき― 午後十時ごろ。首里南方二キロの津嘉山部落到着。雨がはげしくなる。中城湾から吹きつける東風が強い。 田中曹長と川島中尉は相談して小休止する。部落にはガジュマル(榕樹・ようじゅ)の林があり、民家もあ...
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027泥人形の行進 すごい砲弾落下 連日の雨ひざまでぬかる

歩兵第二十二連隊第二大隊(平野少佐)が、十三日、我如古(がにく)東方高地に進出、激戦を展開して、敵中に孤立しているのも知らなかった―と第十五回で書いたが、生存者の田中松太郎曹長(札幌郡広島村市街)の手記に基づいて、ここへくるまでの経過をふり...
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026すごい日本砲兵 全戦線に弾幕 重砲、地軸をゆるがす

当時の外電から、米側では沖縄戦をどう見ていたか―もう少し続けてみよう。 【リスボン四月十日発同盟】九日の米側前線報道は、一斉に沖縄本島南部の日本軍が、重砲を大規模に使用している点を強調、しかも山岳陣地における日本軍の勇敢な抵抗を指摘して、米...
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025思わず、神様… 砲火の中、急降下 爆撃機、カジを転じ軍艦に

「志田手記」は、九日に神山島への奇襲攻撃が行なわれ、翌日(四月十日)早朝米軍舟艇が神山島に大砲を陸揚げしているのが見え、昼ごろになるとまた、前日に変わらぬ砲撃が始まった―と書いているが、そのころの外電が伝える戦闘状況は― 【リスボン六日発同...
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024住民も戦った 感ずる重大な任務 「使役」の名目で漁夫6人

沖縄の住民は、男女を問わず戦闘に参加し、勇敢に戦った。その戦いぶりを四月九日付け志田手記から―― 神山島(那覇西方海上五㌔)からの長距離砲の砲撃が日本軍には痛手だ。軍司令部のある首里高台一帯が、夜昼なしに猛砲撃にさらされている。この長距離砲...
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023勇ましい女子義勇軍 道産子を励ます 別れの宴で勇気百倍

十三日の夜襲に失敗した歩兵第二十二連隊第一大隊(鶴谷大隊長)のことは書いた。 首里へ向かった第三大隊(田川大隊長)第十一中隊(木口大尉)の動向を、生存者の長浜慶治上等兵(赤平市〇〇)の手記からみよう。 第十一中隊は小禄飛行場の海岸線に面した...
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022神風賦 本島に上陸開始 最大の水陸作戦

当時、新聞は軍の強力な言論統制下におかれ、批判的なことは、いっさい書けなかった。【昭和二十年四月一日付け・朝日新聞社説】 神風賦 琉球列島が太平洋にあって、きわめて要衝の地位を占めていることは、古くから、この島嶼(しょ)が東洋貿易の中心であ...
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021戦艦・大和の最期 低雲、視界悪し 直撃15発 左舷の傷つかれる

六日、日本第三十二軍司令部は小禄地区守備の海軍根拠地隊から電話で「大和」以下の連合艦隊が嘉手納沖の米艦船にたいして水上特攻をいどむ、との報告を受けた。将兵は歓声をあげた。 しかし牛島軍司令官と長参謀長は「御厚志千万かたじけなくは存ずるも、制...