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040百十八人の戦死者 百十八人の戦死者 19年前、陸軍ケイ紙に記入

山第三四八○部隊(野砲兵第四十二連隊、満州では第七九五部隊)第三大隊の編成表を和田勢三さん(苫小牧市役所勤務)の貴重な調査名簿によって書く。(ゴシックは生存者)▽部隊長西沢勇雄大佐▽第三大隊長作間正助少佐(三六、新垣で戦死、仙台市田町出身、...
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039花と兵隊 “ああ白ユリだ” 夜風にのりにおう香

小禄と糸満の中間、保栄茂(びん)部落に駐とんしていた山三四八〇部隊第三大隊(長・作間正助少佐)の行動を、和田勢三軍曹(苫小牧市役所保険課勤務)の手記によってつづる。 四月四日、五キロ南の八重瀬岳に陣地がえを命ぜられ部隊は、北上する避難民の列...
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038のんびりしている米軍 戦争どこ吹く風 雑談も楽しそう

四月十三日から十四日にかけ石兵団が守備する西海岸線の模様を、志田十司夫上等兵(札幌出身・第六十二師団歩兵第六十四旅団独立歩兵第十五大隊第五中隊=岸本中隊)の手記によって書く。 十三日、独立歩兵第十五大隊長飯塚豊三郎少佐は、各陣地の中隊に前進...
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037平野大隊の戦闘4 襲いくる敵戦車 肉弾戦のあけくれ

「おとうさん、なぜ泣いているの?」田中松太郎さん(札幌郡広島村市街)は、この手記をつづりながら涙を流していて、お嬢さんから不審そうにたずねられたそうだ。私もそうだが、沖縄戦を体験しなかった読者にとっては、この戦記は、田中さんのお嬢さん同様、...
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036平野大隊の戦闘3 犠牲増すばかり 敵の手を読み作戦計画

田中曹長は、兵隊を戦死させまいと、必死であった。多少の犠牲は、やむを得ない。が、戦力を低下させてはならぬ― 陣地へ飛び込んですぐ、人員を調べた。重信中尉以下衛生軍曹など七人戦死、たよりにしていたのに。これからの戦闘で出る負傷者はどうなるんだ...
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035平野大隊の戦闘2 “とまるな走れ” 目ざす陣地あと百メートル

第六十三旅団の参謀は「夜襲が成功しても、あすの朝になって、敵の猛攻をうければ全滅する。それよりも、薄暮攻撃をして、敵陣地をうばい、夜になったら陣地を補強し、左右両翼部隊、後方の砲兵と緊密な連携をとって、火網を形成することを命ずる」 従来、夜...
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034平野大隊の戦闘1 遠くトリの声 夜襲前の平和な一瞬

山三四七四部隊第二大隊(平野大隊長)は首里東北部の弁ヶ岳めざして前進していた。指揮班長田中松太郎曹長(広島村)は、首里付近を進みながら守備の球兵団将兵の表情から、あることを読みとった。あたりには軍司令部直属の球兵団各部隊(野戦病院、衛生隊、...
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033山1207部隊 最初の敵、レプラ 逃亡患者に手を焼く

第二十四師団防疫給水部(山一二〇七部隊)が、一番先にぶつかった敵は、米軍ではなくて、沖縄のレプラ患者だった―だが、その話は、あとまわしにして、この部隊のアウトラインを描こう。 十九年七月六日満州林口で動員下令。東安、宝東の陸軍病院、歩兵第二...
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032真柳手記 写真に残る童顔 散った道産子三十七人

【真柳手記つづき】 真柳倶也さんが戦記係に送ってくれた山三四七七部隊(第二十四師団制毒隊)の三十七人の戦死者の氏名、出身地、戦死月日、戦死場所をしるしておこう。 西沼勝司兵長(函館市〇〇)大名で五月上旬。安保二郎兵長(夕張)大名で五月十二日...
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031山3477部隊 捨て身の切り込み 与座岳一帯が最期の地

山三四七七部隊(第二十四師団制毒隊)で、戦記係に連絡のあったのは真柳倶也さん=室蘭市〇〇=一人である。 制毒隊は満州では第三三部隊(一説には九三部隊)昭和十九年七月六日動員下令、十三日完結。七月十六日出発し八月五日、沖縄の東海岸、金武湾の石...