2024-05

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037平野大隊の戦闘4 襲いくる敵戦車 肉弾戦のあけくれ

「おとうさん、なぜ泣いているの?」田中松太郎さん(札幌郡広島村市街)は、この手記をつづりながら涙を流していて、お嬢さんから不審そうにたずねられたそうだ。私もそうだが、沖縄戦を体験しなかった読者にとっては、この戦記は、田中さんのお嬢さん同様、...
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036平野大隊の戦闘3 犠牲増すばかり 敵の手を読み作戦計画

田中曹長は、兵隊を戦死させまいと、必死であった。多少の犠牲は、やむを得ない。が、戦力を低下させてはならぬ― 陣地へ飛び込んですぐ、人員を調べた。重信中尉以下衛生軍曹など七人戦死、たよりにしていたのに。これからの戦闘で出る負傷者はどうなるんだ...
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035平野大隊の戦闘2 “とまるな走れ” 目ざす陣地あと百メートル

第六十三旅団の参謀は「夜襲が成功しても、あすの朝になって、敵の猛攻をうければ全滅する。それよりも、薄暮攻撃をして、敵陣地をうばい、夜になったら陣地を補強し、左右両翼部隊、後方の砲兵と緊密な連携をとって、火網を形成することを命ずる」 従来、夜...
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034平野大隊の戦闘1 遠くトリの声 夜襲前の平和な一瞬

山三四七四部隊第二大隊(平野大隊長)は首里東北部の弁ヶ岳めざして前進していた。指揮班長田中松太郎曹長(広島村)は、首里付近を進みながら守備の球兵団将兵の表情から、あることを読みとった。あたりには軍司令部直属の球兵団各部隊(野戦病院、衛生隊、...
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033山1207部隊 最初の敵、レプラ 逃亡患者に手を焼く

第二十四師団防疫給水部(山一二〇七部隊)が、一番先にぶつかった敵は、米軍ではなくて、沖縄のレプラ患者だった―だが、その話は、あとまわしにして、この部隊のアウトラインを描こう。 十九年七月六日満州林口で動員下令。東安、宝東の陸軍病院、歩兵第二...
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032真柳手記 写真に残る童顔 散った道産子三十七人

【真柳手記つづき】 真柳倶也さんが戦記係に送ってくれた山三四七七部隊(第二十四師団制毒隊)の三十七人の戦死者の氏名、出身地、戦死月日、戦死場所をしるしておこう。 西沼勝司兵長(函館市〇〇)大名で五月上旬。安保二郎兵長(夕張)大名で五月十二日...
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031山3477部隊 捨て身の切り込み 与座岳一帯が最期の地

山三四七七部隊(第二十四師団制毒隊)で、戦記係に連絡のあったのは真柳倶也さん=室蘭市〇〇=一人である。 制毒隊は満州では第三三部隊(一説には九三部隊)昭和十九年七月六日動員下令、十三日完結。七月十六日出発し八月五日、沖縄の東海岸、金武湾の石...
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030山三四八一部隊 後退につぐ後退 切り込み隊一人も帰らず

工兵(山三四八一部隊)で、現在までに、戦記係に連絡のあったのは日野定男さん(広尾町〇〇)と高野直之さん(三笠市〇〇)の二人だけ。 同部隊の兵員数は、約一千人、防衛召集二百五十人、合計一千二百五十人で編成されていたが生存者は二十数人といわれて...
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029山三四八三部隊 生存わずか40人 筆舌に尽くせぬ悲惨さ

前線では、石兵団と山兵団の三四七四部隊が激戦中―とのことだが、米軍の、このおびただしい物量と強力な新兵器にたいし、日本軍は一発ずつしか発砲できない歩兵銃で、一機の友軍機の援護もなく戦っている。友軍機は、いつきてくれるのだろう―。これは、戦う...
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028吉田勝中佐 熱く血がかよう 本道出身の野人連隊長

◇田中手記を資料とする第二大隊の前進つづき― 午後十時ごろ。首里南方二キロの津嘉山部落到着。雨がはげしくなる。中城湾から吹きつける東風が強い。 田中曹長と川島中尉は相談して小休止する。部落にはガジュマル(榕樹・ようじゅ)の林があり、民家もあ...