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060三人の伝令兵 息をのむ数分 不発弾、二度目の命拾い

第二歩兵砲小隊は、首里後方山城部落に待機していた。そこへ命令を伝えることになった。「四月二十九日、山兵団は総攻撃を開始する」 伝令は、谷藤軍曹、撫養兵長、千葉上等兵。弾雨をくぐり、砲弾の穴を飛び越え、三人は走った。日原小隊長、戦友たちがえ顔...
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059志村大隊出動 信頼する避難民 山兵団に手を合わす

四月二十日。「命令、山三五七五、志村大隊は、今夕八時、首里方面へ向かって転進すべし」 島尻郡山城部落に足止めされていた歩兵第三十二連隊第二大隊(志村常夫大尉)に出動命令がくだった。第二歩兵砲小隊の伝令撫養富司兵長(深川市〇〇)は、小隊長日原...
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058たらちねの手紙➂ せめて遺品を・・・ 知りたい最期の模様

札幌市北〇〇 荒谷きみさんの手紙。 拝啓 前文お許しくださいませ。御紙夕刊の「あゝ沖縄」はわが子が、沖縄で戦死した母親として、毎日、夕刊を待ちわびもしやわが子の名前が出てこないか、どうかあらわれますように、と念じながら紙面にくい入るように拝...
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057たらちねの手紙② 思い出に感涙・・・ 夫、愛児、兄弟をしのび

札幌市北〇〇 鈴木美代子さんの手紙 前略 乱文にて、とりいそぎおたより申しあげます。お許しくださいませ。 私は、北海タイムスを長く愛読させていただいております。いつもありがたくお礼申し上げます。 さっそくですが、夕刊に連日のっております「あ...
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056たらちねの手紙① この顔、あの姿 いまはいずこの野や海に

この戦記は、はるか南海の島に果てた勇者のための鎮魂歌である。本道出身一万有余の魂にささげる永遠の記録である。したがって反響は大きく、読者、遺族からの手紙が記者の机上に山積している。そのなかから三回にわたって〝涙の声〟をお伝えしよう。 幌別郡...
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055米軍の第一次総攻撃 四昼夜の攻防戦 山兵団も最前線へ

四月十九日、にわかに米軍の砲撃、爆撃がはげしくなった。いままでにない猛烈さだ―と日本軍側は記録している。米軍の第一次総攻撃開始はこの日午前六時四十分、日本軍の厳重な防御線を一挙に撃破する意図のもとに行なわれた。米砲兵二十七個大隊は、大砲三百...
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054戦友の歌 故郷を遠く離れ 雨に打たれ消えてゆく

米軍は、山頂の監視口と、下の入り口の両方からごう内に攻撃を加えた。せまいごう内は、負傷者でいっぱい。連絡はごう内につまった負傷兵の口から口への伝達。大勢の負傷兵が傷の痛さにうめく。下の入り口からは火炎放射のうなりがとどろく。田中曹長は、伝言...
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053馬乗り攻撃 岩にへばりつき ゴウ内に集中攻撃の嵐

米軍は、陣地予定地に食糧を置いたまま、夕方、後方陣地へ退いて行った。平野大隊の夜襲を警戒しての行動だ。平野大隊は、あす(十六日)陣地を確保できたとしても、十七日以後の弾薬、食糧の補給はむずかしかった。各中隊は、それぞれ陣地補給をする一方、使...
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052コンサイス 弾薬ならぬ食糧 米軍から失敬、舌つづみ

四月十五日、山三四七四部隊第二大隊(平野大隊)は、全滅寸前の窮地にあった― 米軍は正午ごろ、平野大隊の各中隊陣地間を突破した。大隊本部の右後方からは、米戦車四台、歩兵五十人ほどが肉薄してきた。左後方には、二個中隊以上の米歩兵が陣地を占領、戦...
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051鈴木手記② 声をのみ棒立ち ゴウの中に積み重なった人間の頭

六日朝、再編成が伝えられ、本部付の松本曹長も第三中隊に復帰することになった。ごうの外は、第一線ほどではないが、それでも、艦砲のリユウ散弾がサク裂し、時おり、グラマンが部落を爆撃してゆく。 松本曹長は、ヒゲをそりはじめた。ひさしぶりに中隊へ帰...